FLASH
気持ちが解れた様子の沙織に、鷹緒はここぞとばかりにシャッターを切った。
しばらくして。鷹緒はカメラをテーブルに置いた。
「よし、これで終わり」
「ああ、恥ずかしくて、よく覚えてない……」
沙織の言葉に、鷹緒が笑う。
「アハハハ。まあ、その方がいいんじゃない? 今日はどうする? 送るか」
「本当? うん、送ってほしい!」
「ハイハイ……」
「なに? 今日は優しいね」
「俺はいつでも優しいよ。それに今日は比較的、暇なんでね……」
その時、鷹緒の携帯電話が鳴った。
「じゃあ、着替えてこいよ」
鷹緒はそう言うと、電話に出る。沙織は頷いて、衣裳部屋へと戻っていった。
少しして、着替えて沙織が戻ると、鷹緒はまだ電話をしていた。
「わかりました。じゃあ、また今度……ええ、失礼します」
やっと終わった電話に、鷹緒は少し難しい顔をしている。沙織は静かに鷹緒へと近付いた。
「……長かったね。電話」
「ああ。昔、世話になった人の仕事を手伝うことになりそうでね。いろいろ話してた……もう一件電話あるから、ちょっと待ってて。こっちはすぐ終わるから」
「うん」
そう言うと、鷹緒は電話をかけ始める。
「ああ、俺。諸星ですけど……うん、どうだ具合は。病院は?」
鷹緒のその口調で、沙織はすぐに、電話の相手が理恵だと悟った。
「飯は食ったか? ああ……じゃあ、今から沙織送っていかなきゃならないから、その後に寄るから。じゃあな」
電話を切った鷹緒を、沙織はじっと見つめる。
「……なに?」
その熱い視線に、鷹緒は怪訝な顔をして、沙織を見つめ返した。
「……理恵さん?」
「ああ。ちょっと心配だから……あとで様子見に行ってくる」
「……別れた人なのに……」
沙織の言葉に、鷹緒は目を逸らしてジャケットを羽織る。
「仕事仲間だからな……あいつも俺と一緒で、限界までやる性質だし。ほら、行くぞ」
「いい」
沙織はそう言うと、玄関へ向かった。
「え? おい、沙織?」
「いい……早く理恵さんのところに行ってあげなよ」
「……おまえは?」
「……私はいい。病気じゃないし、電車もあるし。じゃあね!」
沙織はそう言うと、部屋を飛び出していった。鷹緒は沙織の行動に、首を傾げる。
「なんだ? あいつ……」
沙織はそのまま、電車へと飛び乗った。
(馬鹿バカ! 鷹緒さんってば、全然わかってない! 私の気持ちも、なんにも……)
心の中でそう叫んだ時、沙織はハッとして顔を上げた。流れる景色を背に、窓に浮かんだ自分の姿が映る。
(……知るわけない。何も伝えてないのに……)
沙織は遠くを見つめ、鷹緒のことを考えた。
(微妙な関係だな……まったく知らないわけじゃない。家族じゃないし、友達でもない。でも……やっぱり私、鷹緒さんが好きみたい……)
沙織はそのまま、自宅へと帰っていった。
数週間後。沙織が事務所に出向くと、理恵が駆け寄った。
「沙織ちゃん!」
「理恵さん……?」
理恵の勢いに、沙織が怪訝な顔をする。あれからレッスンは続けているものの、鷹緒には二、三度顔を見た程度で、会う機会がない。
「沙織ちゃん、まずは第一関門突破よ。シンコンの書類審査に通ったの!」
理恵が嬉しそうにそう言った。そんな理恵に、沙織も笑顔で驚く。
「え、本当ですか!」
「うん。まあ大丈夫だとは思ったけれど、書類審査でかなり落とされるから……でも、これで一安心ね」
「よかった……あとはどんな審査があるんですか?」
「二次審査はスタジオで、面接と特技披露ってところね」
「特技?」
「大丈夫よ、難しいことはないから。一発芸でも歌でも踊りでも、なんでもオーケー。一応ボイストレーニングも受けてるんだし、一緒に考えようね」
不安げな様子の沙織を元気づけるかのように、優しい笑顔で理恵が言う。
「はい……」
「三次審査はカメラテスト。そこからシンコン指定の雑誌数社と企業への貼り出しで、一般投票が行われるわ。あとは最終テスト。会場で審査員を前にもう一度特技を披露したり、いくつか衣装を替えて決めるのよ」
「なんか、すごそう……」
圧倒されるように、沙織が言った。
「狭き門なのは確かだけれど、事務所のバックアップもあるわけだし、あなたはもう他社の読者モデルで少しは人気を得ているわけだし、三次まで通れば可能性がないわけじゃないわ。私もしっかりサポートするから、最後まで全力で頑張りましょうね」
そう言った理恵の笑顔が、凛々しく見える。沙織は複雑な心境ながらも、微笑んで頷いた。
「はい」
「ああ、それから、鷹緒さんに聞いたんだけど……」
理恵の言葉に、沙織は一瞬硬直し、理恵の次の言葉を待った。
「沙織ちゃん、自宅から事務所まで来るの、少し大変なんですって?」
「あ、はい……大した距離ではないですけど、少しだけ」
沙織は素直に答えた。先日、鷹緒に言ったことが、理恵に伝わっていることが少し悲しく思う。
「ううん、私も前から思ってたのよ。夏休みに入ったら、毎日のように来てもらわなくちゃならないでしょう? ただでさえハードスケジュールなのに、移動だけで疲れちゃうんじゃないかと心配してたの。それで昨日、社長とも話したんだけど、夏休みの間は沙織ちゃんが泊まれるように、近くに部屋を取ろうかって……」
理恵の言葉に、沙織は驚いた。
「それは嬉しいですけど、いいんですか? わざわざそんな……」
「もちろんよ。移動で疲れさせるなんて可哀想なこと出来ないわ。そのくらいは事務所でやるから心配しないで。近々部屋を探すから、お母様にも先に伝えておいてくれる? 正式に場所が決まったら、事務所からも伝えるから」
「わかりました。ありがとうございます」
会釈をしながら沙織が言った。すでに移動が辛く感じていたため、近くに泊まれるのは願ってもないことだ。
「じゃあ、今日はもういいから。私、今日は娘の撮影につき合わなくちゃならなくて、もう行かなきゃならないんだ。じゃあ、今度は週末ね」
「はい。お疲れさまです」
沙織に見送られ、理恵が出ていった。それと入れ替わりに、鷹緒が帰ってくる。
「おう、沙織。来てたのか」
鷹緒が声をかける。ちゃんと話すのは、先日の宣材写真撮影の時以来だ。
「う、うん……今、理恵さん出ていったよ」
「ああ、会ったよ……牧!」
そう言いながら、鷹緒は忙しく牧の机へと向かっていく。
「おかえりなさい、鷹緒さん」
牧が言う。
「ああ。それより、俊二の棚ってどこだっけ?」
「真ん中の段の、右から五番目ですよ。名札貼ってあります。どうかしたんですか?」
「あいつ、俺のカメラ持って先に出たくせに、自分のカメラ忘れたんだって。ったく、抜けてんだから……」
そう言いながら、鷹緒は壁に備えつけられた、扉付きの棚を開ける。
「きっと鷹緒さんのカメラを忘れちゃいけないって思って、必死だったんですよ。今日、ラムラブの撮影でしたよね?」
「ああ」
「え? 鷹緒さん、ラムラブのカメラマンもやってるの?」
話を聞いていた沙織が、突然、話に入ってきた。そんな沙織に、鷹緒が口を開く。
「いや、たまにお呼ばれするんだよ。あそこ、専属カメラマンはいないに等しいから」
「ふうん……」