FLASH
「まあ、馬鹿だとは思うけど、べつにそんな風には思わないよ」
「そうよ、鷹ちゃん。本当に沙織は、その世界でやっていけるのかしら」
真剣な目でそう言いながら、母親も鷹緒を見つめる。
「……まあ、これだけ多くのファンレターが来るのは、確かに珍しいと思うよ。もちろん厳しい世界だから、本格的にそれで食っていこうというなら、正直、難しいと思う。だけど読者モデルとして、一般の子がモデルをやるのは増えてきてるんだ。それこそ趣味の一環。モデルを目指してる子も、目指してない子も、一時期のバイト感覚でやってる子も多い。だからその程度なら、十分やっていってもいいと思うけど? 確かに沙織は、顔も可愛いわけだし」
鷹緒の言葉に、沙織は嬉しくなった。お世辞かどうかはわからないが、鷹緒からのその言葉は、今の沙織にとって、最高の褒め言葉である。
「もちろん、今すぐ返事をくれというわけではありません。ご家族でよく話し合って、それからお返事くだされば結構です。そしてもしお受けいただけるならば、少なからず仕事の謝礼はお支払い致しますし、スケジュール管理からフォローまで、うちのスタッフが面倒見ます。気心が知れている鷹緒も同じ事務所のわけですし、気兼ねなくやっていただければと思っております」
一同を真っ直ぐに見据えて、広樹が言った。そんな広樹に、母親は頷いた。
「わかりました。主人とも話し合って、それからお返事します」
「お願いします。では、突然お邪魔して申し訳ありませんでした。我々は、これにて……」
広樹がそう言って立ち上がると、鷹緒が名刺を母親に渡した。
「事務所の住所変わったから、これからはこっちに連絡して」
「わかったわ。鷹ちゃん……本当にうちの子、モデルなんてやっていけるの?」
心配そうに、母親が言う。
「まあ、本人のやる気次第だと思うよ」
鷹緒がそう言うと、沙織が手を差し出した。
「なに?」
怪訝な顔をして、鷹緒が尋ねる。沙織は尚も手を差し出して、口を開いた。
「私にも、名刺ちょうだいよ」
「なんでだよ。おまえはもう、事務所の住所知ってんだろ?」
「知らないもん」
「ったく、ほら」
鷹緒が、沙織に名刺を渡す。
「わあ。ちゃんとした名刺だ」
「当たり前だろ。じゃ、そういうことで、お邪魔しました」
そう言うと、鷹緒は広樹とともに、沙織の家を後にした。
「それで、沙織はどうしたいの?」
リビングに戻った沙織は、母親の問いかけに俯く。
「わかんないよ……やってみたいって気持ちはあるよ。私、お母さんの子だからミーハーだし」
「なによ、その言い草は……」
母親が苦笑する。
「でも、私で出来るのかなって、不安も大きい……」
「あんたの将来なんだから、あんたが決めなさい。私はどっちでもいいわよ。あんたにやりたいことが出来るなら大賛成よ。趣味の一つもないんだから」
「放っといてよ……」
沙織はそう言うと、紙袋からファンレターを取り出した。
「本当にファンレターだ……なんか信じられないな」
手紙を読みながら、沙織が言った。手紙には、沙織に憧れを抱いた少女からの文章が連ねられている。
それを横で読みながら、母親も驚いて口を開く。
「本当、すごいじゃない」
「……どうしよう」
「まあ、よく考えて決めなさい。あんたはまだ高校生なんだし、そう焦る必要はないと思うけどね……でも、今しか出来ないこともあると思うし、本当にやりたいと思うなら、お母さんはやってもいいと思うわよ」
「うん……」
沙織は小さく頷いて、すべてのファンレターを読んでいった。
数日後の放課後。沙織はまだ決心出来ず、相談しようと鷹緒の携帯電話に電話をかけた。しかし、留守番電話に繋がる。沙織は少しためらった後、鷹緒の事務所へと電話を入れた。
『はい。WISM企画プロダクションです』
牧の声が聞こえる。
「あ、あの……小澤沙織です。牧さんですか?」
『ああ、沙織ちゃん。どうしたの?』
「突然すみません。あの……鷹緒さんはいますか?」
牧が電話に出たことで、少しホッとしながら沙織が尋ねた。
『ううん。鷹緒さん、今日は午後からオフなのよ。帰って仕事するって言ってたから、自宅にはいると思うけど』
「そうですか……わかりました。ありがとうございます」
『ううん。あ、またファンレター届いてるのよ。今度取りに来て』
「え、またですか? はい……じゃあ、今度。失礼します」
沙織は電話を切った。すると、すぐに電話が鳴る。
「わあ!」
思わず沙織が驚いた。見ると着信画面には、鷹緒の名前が浮かんでいる。
「はい!」
すぐに、沙織は電話に出た。
『あ、悪い。気付かなくて……電話くれたか?』
鷹緒の声が聞こえる。
「うん。今、事務所に鷹緒さんいるか聞いてたの。ちょっと相談したいことがあって……」
『ああ、モデルのこと?』
見透かすように、鷹緒が言った。
「う、うん……今、家にいるの?」
『ああ。おまえは?』
「まだ学校の近くなんだけど……」
『そう。俺、仕事やってて、もう少しかかりそうなんだけど……それでよければ、どっか出るけど?』
「じゃあ、私がそっち行く……駄目?」
勢いながらも、勇気を振り絞って、沙織が言った。
『こっちって、俺んち?』
「うん。駄目か……」
苦笑して、沙織が言う。
『べつにいいけど……場所わかるか?』
軽く了解を得たことで、少し緊張気味だった沙織は、拍子抜けした。
「う、うん、多分……」
『駅さえ間違わなきゃ、すぐわかるよ。じゃあ家にいるから……あ、途中で煙草買って来て。いつもの』
「はーい。じゃあ、後でね」
そう言って、沙織は電話を切る。また鷹緒の家に行けることが嬉しかった。