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七篠奈々子
七篠奈々子
novelistID. 10468
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あおむしと小ぶりキャベツ

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あおむしと小ぶりキャベツ

 温かく優しい風が吹く四月のころ。太陽の光と水の恵みを受けて、今年も大きな畑にはたくさんの春キャベツ達が実りました。葉っぱがギッシリとつまってどっしりと重い大キャベツに、きれいな球体をした丸キャベツ、そして特にこれといった外見の特徴は無いけれど、みずみずしさと味には自身のある新鮮キャベツ。みな、収穫される時を今か今かと待っています。
 そんな大勢のキャベツ達に埋もれるようにして、小ぶりのキャベツがひっそりと生えていました。他のキャベツ達の陰で育ったこのキャベツは、太陽の光も水の恵みも、そして土の養分も十分に受けることが出来ませんでした。大キャベツの様に重くもなければ、丸キャベツのようにまんまるでもなく、ほかのキャベツのようにみずみずしくもないこのキャベツは、このまま収穫されずにただただ腐っていく自分の未来を想像してはため息をついてばかりいました。僕も誰かに食べてもらいたいのに――。ひとつ、またひとつと周りのキャベツが収穫されていく中、小ぶりキャベツだけは畑に放っておかれたままでした。
 見渡す限りキャベツしかなかった畑も、キャベツ達が収穫されるにつれて茶色い地面が次第に見えてくるようになったころ。小ぶりキャベツのもとに一匹のあおむしがやってきました。あおむしはまだ生まれたばかり。自分の生まれたたまごのからを食べ終わったけれど、おなかはペコペコでした。
 「もし、どなたか葉っぱを食べさせてくださいな」
あおむしはふらふらと動きながら葉を食べさせてくれるキャベツをさがしていました。しかし、収穫されることを夢見ているキャベツ達は、葉を喰いつくしてしまうようなあおむし達を嫌っていました。どのキャベツもみな、あおむしが近寄ってくるのを見ては悲鳴をあげたり、怒鳴って追い払ったりします。そんなあおむしを見て小ぶりのキャベツは、このあおむしに自分を食べてもらおうと考えたのです。
 「あおむしさん、あおむしさん」
小ぶりのキャベツが話しかけると、あおむしはこちらを振り返りました。
 「僕をお食べよ。僕なら小さいから収穫もされないし、農薬もかかっていないよ。人間が食べるには向かないかもしれないけれど、君くらいの大きさならきっとお腹いっぱいになれるよ」
あおむしは小ぶりキャベツの言うことはもっともだと考え、「お言葉に甘えさせていただきます」と小ぶりキャベツの葉を食べることにしました。
 あおむしの食欲はつきることなく、毎日むしゃむしゃと葉っぱを食べていました。小ぶりキャベツがどんどん小さくなるにつれ、あおむしはどんどん大きく育っていきます。小ぶりキャベツは自分の葉っぱであおむしが成長していくことに喜びを覚えました。きっと、とても大きくて美しい蝶に育つのだろう。小ぶりキャベツは、あおむしが巣立つ日を考えるとその日が待ち遠しく、また少しだけでありますが寂しくもありました。
 そうして日は流れ、ついにさなぎから出たあおむし、いえ蝶が旅立つ日がやってきました。あっという間の出来事だったと小さなキャベツは思いました。蝶は小さなキャベツの葉をほぼ食べつくしていて、キャベツには小さく咲いた花しか残っていませんでした。
 「キャベツさん、ありがとう。貴方のおかげで蝶になることが出来ました」
蝶はパタパタと翅の確認をして、キャベツにお礼を言います。
 「こちらこそありがとう。僕はこんな体だったから、誰にも食べられないまま腐っていくものとばかり思っていたんだ。だから、君に食べてもらえてとてもうれしかったんだ。蝶さん、お元気でね」
びゅうと強い風が吹いた時、蝶はその風に乗ってハタハタと飛んで行きました。小さなキャベツは蝶が空の彼方へ消えて見えなくなるまで、いつまでもいつまでも眺めていました。
 蝶がいなくなってしばらく経ったころ。キャベツの花は枯れ、そこから小さなキャベツの種が取れました。種は地にまかれ、育ち、そして再びあおむしと小さなキャベツは出会います。