梅雨の憂鬱
外はあいにくの雨だ。といっても梅雨に雨が降るのは当たり前なのだが。湿気が肌にまとわりつくのを感じるが、時折吹く風が少し濡れた肌に心地よい。
「距離、ですか」
俺は訪れた縁側に座って、屋敷の主の顔を見上げる。
美しい人だ。真珠のような艶を持つ長い髪、滴るような血のように鮮やかな瞳。着物姿でそっと腰をおろしている人物は、外見について言われることを好かない。あまり丈夫ではない身体の非力さを、見た目が表しているように感じているらしい。確かに細く、血管が透けるほどの白い肌は消え入りそうなほど儚い。しかしこちらを見つめる瞳の強さに、儚さの中に確かに存在する強靭さと美しさが、胸を妖しくかき乱したりする。
俺の言葉にその人は頷き、庭を眺める。花壇には藍と赤紫の紫陽花がしっとりと雨に濡れていた。大きな青葉の上を顔を出したかたつむりがゆっくりと歩いている。
「すぐ隣にいる人なのに、言葉が届かない。伝えたい言葉がこの胸にあるのに、その言葉が正しく相手に届くとも思えない。熱を失わない想いだけが胸を燻り・・・、弄ぶのです、己の感情を」
隣人とは俺のことではない。話しているのはきっと隣の俺すら霞む、胸に秘めた想いを届けたい人。
「それは恋情ですか」
「いいえ、ただの悔恨かもしれませんね」
光を帯びない瞳は花が咲き乱れる庭を眺めているようで、その実ここではないどこかを眺めているようだった。こちらを見ない美しい人の哀愁を秘めた横顔を眺めながら、想う。
ああ、確かに距離を感じるなぁ。
言葉にしたくない想いが腹の底に降り注ぐ。降り注いだものはまとわりつくような湿気を放つ。汗ばんだ肌に感じていた涼しさは知らぬ間に消えていた。
諦念にも似た恋情をそのままに、俺は密やかに吐息を零した。