Pure Love ~君しか見えない~
その時だった。和人の目に一人の女性が映り、釘付けになった。幼い生徒たちとは飛び抜けて背丈も違う、大人の女性だ。幸である――。和人は目を疑った。しかし思い起こせば、幸もリハビリや訓練のために施設に通っていると聞いていた。同じ学校だったのかと、和人は認識した。
迎えを待っているのだろう。幸は駐車場にある、待合場のベンチの一つに座っている。すると徐に、幸が顔を背けた。そばに喫煙所があるため、煙草の煙が風によって幸を直撃しているのだ。
少しして、幸は耐え切れなくなったのかベンチから立ち上がった。その拍子に、膝に乗せていたバッグが落ち、中身が散乱する。
思うより先に、体が動いていた。和人はその場から幸のそばに駆け寄ると、近くにいた誰よりも素早く物を拾い上げた。そして幸のバッグに戻すと、幸の手に戻してやった。
「……カズト?」
不安気に半信半疑な顔をしながらも、確かに幸の口がそう動いた。何度も見慣れた幸の唇が、自分の名を発している。和人は躊躇いながらも、肯定の意味を含めて幸の腕を叩いた。自分と幸の、唯一のコミュニケーションだ。
「和人なのね……?」
そう言った幸に、和人は嬉しくなりながらも、いたたまれない気持ちに駆られた。もう幸は、自分に会い、名前を呼んではくれないと思っていたからである。
その時、門を入ってくる見覚えのある車が、和人の目を奪った。幸の家の車である。和人は幸の手を取ると、その手を丁寧に下ろし、逃げるように去っていった。
「幸」
立ちつくす幸に、母親が声をかけた。幸は自分が和人を傷付けていることを再認識していた。幸自身も、まだ和人と向き合う勇気が持てない。
「幸、どうしたの?」
車へ誘導しながら、母親が尋ねる。幸は少し俯いた。
「ううん。ただ……懐かしい匂いがして……」
ぼそっと、幸がそう言った。
和人の匂いがした――。汗の匂いでも香水の匂いでもない。古くから知っている、和人の匂いがした気がした。直感だったのかもしれない。ただ、和人だと思った。
幸はそのまま母親とともに車へと乗り込み、家へと戻っていった。
作品名:Pure Love ~君しか見えない~ 作家名:あいる.華音