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Pure Love ~君しか見えない~

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 やっとのことで幸の母親が言った。薄暗い廊下の明かりだったため、和人は探るように目を凝らして、幸の母親の口元に集中した。
 そんな和人の横に、そばにいた祥子が出てきた。幸の母親は祥子を見つめる。
『彼女は僕の友人です』
 和人が、すかさず祥子を紹介した。祥子は静かにお辞儀をする。
「森下祥子といいます。彼と同じ職場関係で、家が近くなものでしたから……彼への通訳は、私がします」
 控えめながらも力強い口調で、祥子が言った。幸の母親は静かに微笑んで頷いた。
「それはそれは……これから家族だけに話があるの。申し訳ないけど、カズちゃんには後で伝えるから、今は話を聞いてくるわ。今日は目を覚まさないみたいだし、カズちゃんは……」
 幸の母親の言葉を、祥子が手話で和人に訳す。和人は同時に二人を見つめながら、頷いていた。
『おばさん。僕は待ってるよ』
 切実な目で和人が訴える。幸の安否がわからない以上、ここで帰る気にもなれなかった。幸の両親も祥子もそれを察し、それ以上は何も言わない。
 幸の両親は和人と祥子に会釈をすると、医師とともに別室へと向かっていった。それに続いて、和人と祥子も歩き出す。ふと横切る幸の病室のドアは閉められ、面会謝絶の札が下げられていた。

 幸の病室から少し行ったところにナースステーションがあり、幸の両親はその隣にある別室へと通された。そこから先は、親族でない和人たちは入れない。和人はナースステーションのすぐそばの長椅子に座った。それに続いて、祥子も腰を下ろす。
 祥子の目に映る和人の横顔は、思い詰めた表情で蒼褪めている。
「あの……」
 するとそこに、ナースステーションから出てきた女性看護師が、声をかけてきた。和人はハッと顔を上げる。
「よかったら、そこにお湯がありますので、お茶などご自由にどうぞ……身体を冷やすとよくないですよ」
 看護師が、丁寧な手話でそう言った。
『ありがとうございます……手話が出来るんですね?』
 やっといつもの笑みに戻って、和人が言う。
「ええ、少しですが……学生時代に、少しやっていたんですよ」
 その言葉に、和人は静かに微笑んで頷いた。しかし、その目は空ろなままだ。和人は少し考えた後、看護師に問いかけた。
『……中では、どんなことが話されているのですか?』
「ああ、医師がご両親に……」
 わからない手話を思い出すように、目の前の看護師が手をまごつかせる。和人は祥子を見た。
「あの、私が訳します。私もまだ、完璧に手話が出来るわけじゃないんですが……」
 祥子の言葉に、看護師は頷いた。
「ありがとうございます。ええっと……医師がご両親に、患者さんの現状と今後の医療方針をお話しているところです」
 看護師がそう言い、横にいる祥子は手話で和人に訳す。和人はそれを理解し頷くと、もう一度看護師を見た。
『彼女は、どんな様子ですか? わかっていることだけでいいので教えてください』
 和人が尋ねる。看護師は少し困った様子だ。
『……手術室から出てきた時、少し説明があったようですが、僕には理解出来ませんでした』
 和人はそう続けた。看護師は、和人がここへずいぶん前に駆けつけていながらも、未だに何も知らされていないのだということを理解し、和人を見つめ、口を開く。
「大丈夫です……意識が戻るまでは油断出来ませんが、命に別状はありません」
 看護師の一言目に、和人は初めて安堵の笑みを見せた。
「でも外傷が酷くて、目立つ傷跡がいくつか残ると思います……」
『……外傷?』
 同席していた修吾は、軽い怪我で済んでいたように見えた。なぜ幸だけが重症なのか、和人にはわからなかった。
 看護師も和人の疑問を察して、眉を顰める。
「ぶつかったのは助手席側だったので、原田さんのほうのが衝撃が強かったみたいですね……運転席のほうは窓も開いてたそうで、それほど外傷はなかったって聞きました……多分、これから医師とご家族で話し合って、治療方針も決まりましたら、いろいろわかると思うので……」
 それを聞いて、和人は頷いた。
『ありがとうございました』
「いいえ。では……」
 看護師が去っていくと、和人は小さく溜息をついた。隣に祥子がいるということも忘れ、ただ幸の安否だけを気遣っていた。

 しばらくすると、和人の目の前のドアが開き、中から幸の両親が出てきた。幸の母親は、未だ止まることを知らない涙を流している。
 和人と祥子は静かに立ち上がった。和人はすぐにでも幸のことが知りたかったが、あまりにも泣きじゃくっている幸の母親を見て、問いただすことなど出来ずにいる。
 そんな時、一人しっかりしようとしている幸の父親が、母親の肩を抱いて和人を見つめた。
「遅くまで付き合わせてすまないね……」
 幸の父親が言った。和人は大きく首を振る。
「談話室に行こう。君にも話しておくよ」
 和人が何かを発する前に、幸の父親がそう言って背を向けた。和人は少し緊張しながら、その後をついていく。
 一同は、そこからすぐそばにある談話室へと向かっていった。消灯時間は過ぎているので、その部屋には誰もいない。

「ねえ、ハッキリ言ったの?」
 ナースステーションでは、和人に声をかけた看護師に、数人の看護師たちがそう尋ねた。
「まさか。言えないわよ……」
 一人の看護師が、俯いて言う。
「そうよね。あの患者さん、もう目が見えないだなんて……」
 その場にいる看護師たちが、一斉に暗い顔になった。
「幼馴染みなんですってね、あの男の子と患者さん……あの男の子、耳が不自由なんでしょう? 可哀想ね。目が見えないんじゃ、手話で会話することも出来ないじゃない……」
 看護師たちの溜息は、病院中に響き渡るかと思うほど、長く切なくこだました。