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渡り鳥の卒業アルバム

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「旅に出ようと思う。長い旅だ。ついて来てくれないか?」
 父が言った最初の言葉。最初といっても、生まれて初めてというわけではない。長い転校生活の門出という意味でだ。ちょうど5歳のころだっただろう。父の仕事の都合上、転校を繰り返すことを告げられた。
 断わりたかった。友達と別れるのが嫌だった。
 しかし、当初の僕に断る権限はない。断れるぐらいの甲斐性もなかった。
 だから、「出会い」と「別れ」の多いこの道を一緒に歩むことにした。

 最初は慣れなかった。住居がコロコロ変わる環境に。
 この前まで、マンションだったのに、いつの間にかホテル。時たま一軒家。
 短期間のホテルは苦手だ。父がいなければ何もできない。部屋の番号も毎回変わるから覚えられないし、エレベーターもダルかった。
 これに関しては、現在でも慣れない。


 父はたまに、遊びに連れて行ってくれた。遊園地、動物園、水族館、はたまたキャンプ。これは僕と父の数少ないのスキンシップ。
 生まれてすぐに母を亡くした僕は、家に帰っても一人でいることが多く、父は何かと忙しかった。幼かった自分でも分かるぐらいだ。
 だから、うれしかった。
 いくら転校を繰り返しても、父は常に隣にいる。そう思わせてくれるから。
 
「ごめん! 本当にごめん!」
 
 小学校の卒業式を迎えられないまま息子を転向させてしまった……。そんな父の詫びだった。
 正直、詫びなんていらなかった。卒業式なんてどうでもよかったのだ。もともと、卒業を迎える予定だった学校には3ヶ月しか通っていない。僕のことを知る人間、そして、僕自身知る人間なんて数が知れていた。
 だからいいのだ。詫びる必要なんてないのだ。
 卒業式を迎えないままの卒業。価値のないアルバム。クラス写真と、生徒一覧だけに1枚ずつ僕が写っているだけだ。

 
 皆が楽しみにする一大イベント修学旅行…。小中高、どれも1回はあった。
 京都の古いお寺、北海道一面の雪、沖縄のきれいな海……すごく新鮮そうに見えるが、転向続きの僕にはそう思えなかった。
 むしろ、父の仕事の都合で行けなかった田舎町の方が新鮮で良かったのかもしれない。
 
「よその学校に行っても、頑張ってね! 近くに寄ったら、連絡してね!」

 中学時代。その3年間だけは、同じ場所で勉学を学んだ。その3年間だけ、まともに生徒と話す事ができた。友達もできた。
 これは、その友人が書いた手紙の内容だ。すごくシンプルな手紙だったが、それが僕にとってうれしかった。
 3年間の幸せは、残りの転向生活に苦汁となって返ってきた。
「友達」というのは、それほど僕にとって必要不可欠なものとなっていたのだ。寂しさ、孤独感が僕を蝕んだ。
 だから、「寂しい」という感情の名前すら忘れようと思った。

「学園祭…出ないのか? なんでだ?」

 初めて父と喧嘩した。いや、正確には「初めて本気で喧嘩した」だろう。
 理由は学園祭に参加しない事に関し、父が僕の逆鱗に触れたからだ。
 学園祭に参加しなかったのは、転校ばかりを強いる父のせいだ。学園祭前に転校するのを恐れていたのかもしれない。
 その日、同時に初めて家出した。初めて父と殴りあった。痛かった。
 熱が冷めた後、ひどく後悔した。
 父が悪いわけではない。父も仕方なく渡り鳥になる道を選んだのだ。多分、僕と同じように感情を堪えてきたのかもしれない。
 言わないから分からないじゃないか。そういう事も思い始めた。

「高校、もうすぐ卒業だね」

 その言葉と同時に、父は、僕にそのまま残ることを告げる。
 せめて、高校の卒業までは居てほしい、そう思っていたのだろう。
 そういう事を頼んだ覚えはなかった。もう今更といった感じである。

 父は何時だってそうだ。自分の中で考え、自分で勝手に決める。
 結局、僕のことを分かっていない。
 全然分かってないのだ。
 ひょっとしたら、僕の事も、邪魔な存在なのかもしれない。
 僕がいなければ、安心して仕事に臨める。
 裏を言えば、僕がいなければ、他の仕事に手を染めていたかもしれない。僕がいたから、今の仕事を放棄できないかもしれない。
 そう思った。


 父は死んだ。僕が高校卒業するちょうど1か月前だ。
 交通事故だった。
 それも単純な、車に轢かれただけの。
 転校ばかり続いた僕には、ようやくそれの終止符が見えて、内心ホッとしていた。
 どちらにしろ大学進学は、一人暮らしを考えていた。そこはもっと早く……。

「何を考えているんだっ!」
 
 前言撤回。すごくいけないことを考えてしまった。
 しかし、この生活から去るのはやはり嬉しさを隠しきれなかった。

「うおっ……あっぶねぇ………」 

 父の書斎の山積みになった本が、棚から落ちてきた。
 整理をしていた。ここはもう使われないのだ。

「あれ……何だ?」

 古ぼけた一冊の分厚い本。そこに視線を送る。
 やたらと大きい。なんだろうか。

「……ん?」

 開いてみると、1ページ1枚写真が貼られており、その下に数え切れないほどの文字が書かれている。
 写真には必ず一人の男の子が写っている。
 その男の子は、1ページごとに少しずつ成長している。 
 僕は、下にあるコメントも読んでみることにする。

「霞。君が生んだ子は、私にそっくりだ。あ、目元なんかは君だね。将来は強く、真面目な男に育つと思うよ」

 1ページ目のそのコメントの上には、一人の赤ん坊の姿が写っている。

「遊園地に初めて来た記念。琢磨はゴーカートが気に入ったようで、何度も乗った。見ているだけで幸せだった」

 それが2ページ。

「ん…?」

 成長していく少年は僕自身じゃないか。気がつかなかった。
 こんなにも成長していて、元の姿を忘れていた。

「動物園で乗馬。私も乗ったことがない。こけた時は恥をかいたよ……琢磨はうまく乗れたようだ! すごいぞ琢磨!」

 どんどんページを進めていく。

「卒業式行かせられなくてごめん! せめて服だけでも卒業!」

 また謝っている。別にいいのに。

「修学旅行の写真をもらったぞ! 琢磨の笑顔がまた一段とよくなってる!」

 作り笑いだって……。気付いてよ、そこは。

「高校の入学式。父さんは琢磨が合格するって信じてたぞっ!」

 最後の最後まで、神社巡りしてたの誰だっけ……。

「学園祭での執事! カッコよかったよ!」

 ……。
 …。

 気が付いたら、写真に水たまりができていた。そして、すぐにそれが自分から出た涙だと気付いた。

「なんで俺泣いてるんだ? あぁ、そっか。うれし泣きか…ハハハ……」

 そうだ。ようやく解放されるんだから。泣いちゃだめだ。
 いつでも父さんは僕のことを考えていてくれた。見ていてくれた…。

「写真すげぇブレてっぞ……へたくそだなぁ~」

 もう父さんはいないんだ。これで卒業なんだ。
 父さんは、僕の成長をここまで見てくれた。
 卒業なんだ、転校続きからの。
 このアルバムは……父が作ってくれた卒業アルバムだ…。

「卒業アルバムより重いぞ……どんだけ撮ってんだよ……」

 いつ撮ったかわからない。そんな写真まで出てきた。
作品名:渡り鳥の卒業アルバム 作家名:まな板