波止場の殺人
港の使われていない倉庫の一つで、彼女は手に持ったナイフをいじくりながら告白する。足元には男の死体が、胸から血を流し、仰向けに倒れていた。
「推理小説が良いって言ってたわ。それで、自分は殺される人間の役が良いとも言ってた」
まだ昼間の時間であるから、倉庫をぐるりとめぐるキャットウォークの上に規則的に並べられた長方形の窓からは光が差し込み、電気のつかない倉庫内を明るくしている。
風は無かった。しかし、黒い野球帽を被り、両手に軍手をはめた男が倉庫の大きな扉を開ける。するとすぐに風は入り、彼女の髪をふわりと持ち上げた。外には大きな海原と、晴天が広がっていた。
「死体を海に落とす。亡骸は必要ないだろう?」
無愛想に男が言うと、彼女は小さく頷いた。視点は、死体に向けられたままである。
扉から離れ、男は死体に近づいた。慣れた手つきで死体を担ぎ上げると、外へと運び出す。その後ろに、彼女はついていく。
「不思議な人だった、変な人とも言うかしらね。フラフラして何を考えてるのかわからない人だったわ」
波止場の際で死体をおろし、用意していたコンクリート片と一緒に寝袋のようなものに詰め込む。
「そのナイフも一緒に捨てるぞ」
男は黒い上着を脱ぎ、一緒に詰める。しばらくして、彼女も手に持っていた血のついたナイフを死体と一緒の空間に入れた。
空気をなるべく入れないようにしてジッパーを閉める。
「あとは落とすだけ。それで俺の仕事は終わり。何があったか知らないが、やっちまった以上後悔はしないほうがいい」
「・・・・・・ええ」
男は転がすようにして死体の入った袋を海に落とす。ドボンという大きな音がしたが、誰も聞いていないだろう。
「それじゃあ。また機会があったら、よろしく」
まるで何も無かったように、男はその場を離れてしまった。
彼女は、しばらく彼が落ちた場所を見つめていた。