小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

墜落と、距離感

INDEX|1ページ/1ページ|

 
ドン、と何か湿った打撃音が響いたときに、僕はまた彼女が大きな勘違いを抱えてこの部屋に飛び込んできたのだろうと予想した。
 そして、その予想は的中したのだ。
 この部屋の唯一の出入り口である内開きの扉を乱暴に開けて、彼女はなだれ込んできた。そう、その様子はきっとなだれ込むという言葉で正しいだろう。
「いったぁい…」
彼女の発音だと…「一体」ではなく「痛い」という意味だろう、か。おそらく扉が開くときの湿った打撃音は、彼女が扉に体重をかけたから発生したものなのだ。わざわざ扉にぶつかるようにした理由はなんだろう。それほど急いていたのだろうか。
いや、もしかしたら、痛みを感じなくてはやっていられなかったのかもしれない。
「だろうね」
「ねぇ」
「なんだい?」
ギィ、と音を立てて扉は閉まった。
「この前話してた人、居たじゃん」
「ああ」
「居なくなっちゃった」
「ふぅん」
「あれ、もっとリアクションないの?」
 彼女は、今にも崩れ落ちそうな足取りで、応接用のソファに座った。酔っているわけでもなさそうなのに。
ふわりとキンモクセイの香りがこちらまで漂ってきて、
一瞬くらりとした。
香水だ。
「香水、変えた?」
「あぁ、それはあたしが今まで聞いた中で一番大きな反応だわ」
「前はもっときつい匂いじゃなかった?」
「きついっていう言い方はあまりよくないわよ。それだからあんた彼女出来ないの、わかってる?」
「そうだね」
「本当に、あんたはずっと、いつもどおりだわ」
「だから君はここに来るんだろう」
 彼女ははいていたヒールを脱いで、足を肘置きに乗せ寝転がった。それから右手をゆっくりと持ち上げ、自分の目の上に落とす。墜落。
「墜落と堕落って、文字が似てるね」
「なにそれ、嫌み?」
「嫌みに聞こえるんだったら、君はひねくれていると思う」
「あっそう」
 きっと彼女は甘えているのだ。いつもと同じように。そして、その相手は僕じゃなくても構わないということに、彼女は気づいていない。
ビルの外から、踏切の音が聞こえてきた。僕はけだるさを右方向に流しつつ、仕事机から顔を上げ、椅子から立ち上がる。
 彼女は、縋る眼差しで僕を見上げた。
 彼女にとって僕は、結局のところ誰かの代用品でしかないのである。しかしそんな事はきっとどうでもいい。
 彼女の向かいの椅子に座って、すぐ近くで白い頬を伝い落ちているはずの雫を想いながら、
 僕は香水の香りに酔っているのだと自分に言い聞かせた。
作品名:墜落と、距離感 作家名:乙瀬樹