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春月夜

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月見は秋だなんて誰が決めたか。
 どんな季節でも、月を見て、思いに耽(ふけ)ればそれで月見じゃないのかい。
 こういうものは形式より、風情を楽しむものさ。


「またお酒飲んでる……」
 一人の少女が呆れた声で呟く。その先には二十歳前後だろうか、縁側に座り、月を見上げている女性がいた。彼女の横には酒瓶と、小さいお猪口が鎮座している。
 女性はこちらに気付き、手を振りながら、
「んん? あはは、いいじゃないのさ。お前も来るかい?」
「いや、私未成年だし」
「ジュースもあるよ」
 女性は少女にペットボトルのオレンジジュースとガラスのコップをちらつかせる。
「……むぅ」
 渋々といった表情で、少女は女性の横に座る。
 春の夜は、秋の夜とはまた違う趣がある。
 月はまだ昇り始めて間もない。
「月見ながらお酒飲んで何か楽しい?」
「ん? そうだねぇ」
 少女はちびちびと酒を飲む女性に質問する。女性は特に深く考える様子もなく、
「楽しいというか、月には色んな力があるって言うじゃん? それのおかげでお酒が美味しくなるんじゃない?」
「……ふーん」
 そんな曖昧な返答を期待していた少女ではなかったが、普段から明瞭な答えを出す人ではないということを知っているので、特に何も言わない。
「あと、綺麗じゃん?」
「そこは賛同する」
 数十分ほどそうしていただろうか、不意に女性がこんなことを言い出した。
「月見って、なんのためにあるか知ってるかい?」
「へ?」
 唐突に変な問いかけが女性の口から出て、少女は少し困惑した後、自身の意見を口にした。
「……綺麗な月を見て、お酒を楽しむため?」
「……そうねぇ、それもあるけど何より――」
 女性は続けてこう言った。

「思いに耽るのも大切なのさ」

「……」
 別に他愛もない、日常会話の一言だったはずなのに、その言葉は少しだけ少女の心に響いた。
「ははは、じゃ、ジュースでも注いでやろうか」
「あ、ありがとうお姉ちゃん」
「お、お前にお姉ちゃんと呼ばれるなんて久し振りだね」
「……うるさい」
 女性、もとい少女の姉は、一度も口をつけていない妹のコップにオレンジジュースを流し込む。


 月には色んな力がある。
 空間を照らす月光は、夜空との相乗効果でより霊妙に映る。
 夜を支配する月はまだまだ沈まない。

 そんな神秘的な夜に、あなたも一杯いかが?
作品名:春月夜 作家名:山鳥 文