川原の石さえあればいい
ぼくは、ここをそう呼んでいる。
川と木と石だけの世界。
だれもいない。
ぼくだけの場所。
ぼくは、いつも石の上にいる。
この川原にある石の中で、いちばん大きな石。
正しくは岩なのかもしれない。
でも、石の方がこの川原にはしっくりとくる。
石の上で羽ばたき、石の上で歌い、石の上で昼寝をする。
もうずっと前から、ぼくは石とともに生きている。
石をはなれるのは、食事のときだけだ。
石はなにも言わない。
その日、遅めの朝食から戻ると、石はひとりではなかった。
人間の少女が、石にすわっていた。
少女はじっと川をみつめている。
どうしよう。
ぼくの場所なのに。
つついて追い返してしまおうか。
そう思って石に近づいたとき、少女が立ち上がった。
ぼくは数歩、後ずさる。
そのぼくに、気がついたのか気がつかなかったのか。
少女は石からおりて、去っていった。
川原に静寂がもどってきた。
次の日、少女はまたやってきた。
こんどは石の上で寝転がっている。
力のない様子で。
ぼくはそっと石から離れた。
それからも毎日のように、少女は石の上にいた。
すわっていたり、寝ていたり、踊っていたり、食べていたり。
その度にぼくは、遠くから少女を見ていた。
少女が帰って、石が解放されるのを待ちながら。
しばらくたったある日。
少女はとつぜん歌いはじめた。
その歌を聴きながら、いつの間にかぼくも歌っていた。
少女の歌は、ぼくの歌と同じだった。
ぼくは歌いながら、石の上にのぼった。
少女はぼくの横にすわって、歌いつづけた。
静寂の歌を。
川原の歌を。
石の歌を。
石はじっと動かない。
(おわり)
作品名:川原の石さえあればいい 作家名:ときたけいこ