それは熱にも似た何か
「・・・・もし」
最初のもし、は声が出なかった。
正直言って電話に出る気はこれっぽっちもなかったが意識が浮上してしまったから仕方がない。何時だと思ってる午前2時過ぎだぞこんちくしょう。サイレントにしとくんだった、って俺の携帯にはそんな機能ないか。
そして誰だ。安眠を妨げるな。
『ぼしぼし』
目が覚めた。
面白すぎる。
「どうしたんですか似鳥さん」
『窒息死しそう』
濁点標準装備の話を聞いてみた。
どうやら昨日あたりからお風邪を召しているらしい。俺が出張に行っている間に。
だせぇ。
こっから先は奴の言葉の全てに濁点が付いていると思ってくれ。
「薬飲んで寝てろ。以上」
『見当たらん』
「お前は俺か」
『熱出た』
「何度」
『8度5。薬買ってきて』
俺をパシリに使うな。
言おうとしたら電話が切れた。
妙なスルースキル身につけやがって・・・で、行くのか俺は。
いやいやさすがに行かないだろ。だって午前2時だぜ?しかも似鳥と俺は間違っても恋人とかそんなんじゃないんだぜ?
行く義理なんて・・・ない。
「・・・・・」
薬代は深夜料金割増で請求する。
ついでに晩飯もおごってもらう。
その辺から適当にTシャツを引っ張り出して、よろけながら高校ジャージから適当なのに穿きかえてる時にふと、恥ずかしくなった。
「・・・だから彼女か俺は」
風邪薬とあのなんか湿布みたいなやつを買った。
ああ、あとビタミンガード。
あれはどこも悪くなかろうが染みる。同じくポカリも偉大な飲み物である。
何故か似鳥の家の冷蔵庫には季節を問わずアイスが常備されている。あいつの家に行くととりあえずガリガリを差し出される、真冬であろうがガリガリ。
冬にどんな顔して買うんだよ。
だからまぁ、アイスは買わなくていいだろう、という。最近はスーパーカップにはまってるらしいし。
ついでに言えば俺の財布に2500円しか入ってなかったというのもある。
給料日まであと3日。
泣ける。
「おーい、生きてるかー」
「ティッシュ取って」
ずずず。
鼻にティッシュを詰めたままでほふく前進してきた。
何のホラー映画ですか。
「薬買ってきた」
「買ってこなかったら何のために来たっつんだよ。ベンザしかなかった」
「俺錠剤飲めない」
そしてどこの子供ですか。
俺が親父だったら張り倒してるぞオイ。
「んで飯は」
「食った。食欲だけはまっとうにある」
「・・・よし。口を開けろ。目を閉じてくれぐれも動くな」
白い錠剤を3粒口の中に放り込む。クリスタルガイザーを適当に流しつつ力技で顎を押さえて口を閉じさす。
「飲め。できるお前ならできるイエスウィーキャン!」
「・・・がっ」
どうやら飲んだらしい。
すげぇ。よくむせないもんだ。
今初めてこいつを尊敬したような気がする。
「どこぞのテニス選手みたいだな・・・」
「それは言わないでくれ。俺はあんなに暑苦しくない。そしてこれ貼って寝ろ、さぁ寝ろすぐ寝ろ俺は帰る」
こんなウイルスまみれの空間に長いこといたら空気感染するわ。
ただでさえ抵抗力が人より若干弱いんだから尚更だ。
そんなわけで帰ろうとした。帰りたかった。
「助かった。どーも」
腕をがっつり引っ張られた。
当然前のめりになる、その先にあったのは。
「ちょ・・・・っ」
いつもよりはさすがに熱く感じる唇が、触れただけで終わった。
逆に恥ずかしい。
つうか、こんなん知らねぇよ、反則だろ!?
大学4年の文化祭のあとの間違いからの関係で今まで7年、キスなんて、セックスの間の場つなぎ、みたいなそんな扱いでしかなかった。
シてるとき以外はしたことねーし。
本気で何て言うべきか分からなくて、半ば逃げるように家に帰った。
「だから俺は女子か!」
腹いせに家のドアを蹴っ飛ばした。
・・・足の爪が割れた。
作品名:それは熱にも似た何か 作家名:蜜井