何時かの夢 石の目
夜の闇で何もかも黒いはずなのに、月の光が全てを青白く染めてしまっているようだ。
風が草原を凪ぐ。
そこをぼんやり歩きつつ、男はまたぼんやりと思う。
ああ、また此処に来たのか。
何度か見た夢だ。
何故、何度も見るのかは解らない。
此処は何処なのか。
何時か見た過去の風景なのか。それとも、男の空想の産物なのか。
何度も同じ夢を見て、その度に考えるのに、答えは一度も出なかった。
何処へ行くともなく草原を歩いていると、いつの間にか目の前に少女が立っていた。
これもいつもと同じだ。
何の感慨もなく、少女の横顔を眺める。
長い髪が風に撫でられ、宙に舞う。
清らかながらも、艶めかしい微笑みが口元に浮かぶ。
少女が此方を向き、月を指さしながら何か言う。
聞き取ろうとしても、何を言っているのか解らない。
ただ機嫌が良さそうに彼女は微笑み、何かを語り続ける。
月について何か言っているのだろうか。
彼女が指さす月を見ようとして気付く。
首が動かない。
彼女の顔から視線を離せない。
まるで、石になってしまったかのように。
彼女は此方の様子に気づく様子もなく、益々嬉しそうに早口で語り続ける。
その目は清らかな青色をしている。
美しい。
囚われたようにその目を見つめ続ける。
体の自由が効かないことなどもう気にならなかった。
彼女の目を見ていられるのなら、それでいい。
彼女を見ていられるのなら、石になっても構わない。
少女は相変わらず笑っている。
男はそれを、何もせずに見続けていた。
彼を捉えたのは、彼女の目か、それとも彼女の美しさそのものか。