死産
呼吸ができなくて苦しいのだけど、青が美しくて見とれてしまうのでそれどころではなくなってしまう。美しいものを見た時、人間は呼吸の仕方を忘れてしまうのだ。
肺から酸素が尽きて、力尽きたように目を閉じると、決まって現実世界で目が覚める。
瞼の裏は海の色と対照的に赤くて、嫌気がさすのだ。
がたんごとんがたんごとんきぃいーん、
ある日僕は眠くて眠くて仕方なくて、駅のホームで眠ってしまった。椅子に座って、こくこくと。首が座り方を忘れて前へ前へ倒れていく。
ごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼご、
その時もいつも通り海の夢を見た。青い水に抱かれて、息が出来なくなる。
周囲はいつも通り青かった。寒色。水の温度は良く分からない、麻痺しているのだろうか。
そういえばこの海の中に魚が泳いでいるのを見たことが無いと、ふと思った。僕はこの海でたったひとりきり。誰もいない。
自分の吐いた息が泡になって虚しく弾けていくのを、酸素不足でぼうっとした視覚で見ているだけだった。
悲しいなあ悲しいなあ、僕はひとりぼっちで沈んで行って溺れ死ぬのかなあ。悲しいなあ寂しいなあ。誰もいない。ごぼごぼごぼ。
視界に黒い紐のような何かが見えた。それは僕に繋がっていて、腹のあたりから伸びていた。その紐は上に上に伸びていて、先が見えない。
この紐を伝っていけば僕は息が出来るようになるだろうか。
そう思って、紐を握ったけれど、もう全身から力が抜けきっていた。
ぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼ、
きぃいーんごとんがたんごとんがたん、
前へ前へ倒れていく頭に引っ張られて体が前へ前へ、前へ前へ、前へ、
がたんがたんごとんごとんがたんごとんがたんごとん
それから、僕は二度と海の夢を見ることはなくなった。