小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ヘビィスモーカー

INDEX|1ページ/1ページ|

 
煙草を吸う。
 死にたいか死にたくないかで答えれば死にたくないけれど、吸う。
 吸う吸う吸う吸う吸う吸う吸う吸う。



 まだ、夜中独特の静かな空気が流れていた。
 こたつの中で目を覚ませば、彼女が果物ナイフを俺に振りかざし泣いていた。
「どうしたの」
「愛、してる」
「うん」
「このままじゃきっと、泡になってしまうんだ」
「俺は、南の国の姫さまと結婚したりしないよ」
 それに笠谷は声が出るじゃないか、愛していると言えるじゃないか。
 その分、ずっと救われている。
 涙を拭ってやる。

「東條、私をおかしくしたのは誰だろう」
 私はそいつが憎くて仕方がない。
 死体が見えるんだ、私の死体。それはいろんな格好をしていて、どれも真っ赤なんだよ。
「私は、頭がおかしいんだ」
「知ってるよ」
 だから、吸う吸う吸う吸う吸う吸う吸う吸う。
 それじゃいけないのか笠谷。
「俺は笠谷の世界を見たいと思うよ」
 おかしくなりたいと思うよ。
 だってそうじゃないと本当に笠谷が泡になってしまいそうだ。
 ねえそんなに切羽詰まって、なにに追われているの。


 彼女の部屋はいつも煙っぽくて、なにもかもがぼやけて曖昧だ。
 同じ煙草を吸えばおかしくなれる? そんなはずがない。だけど、なにかしていなきゃ気が触れそうだったのだ。
 笠谷は本当の一人ぼっちだったと言う。友人もなければ、家族もなかった。
 どうして、とか、そんなことに興味はない。
 本当は嘘かもしれなくて、それでもいい。
 俺だけは彼女の傍にいて、全てを信じる。

「信じるよ、笠谷」
「……うん」
 笠谷、君を助けたいんだ、救いたい。
 誰もが苦しい世の中で、君だけを救う価値があると思う。いや、違う、価値なんてどうでもいい。
 俺にだって君しかいない。
 君はまだ孤独だろうか。


「ねえ、私、もう死ぬのかな」
 かわいい笠谷。かわいそうな笠谷。
「俺は笠谷の腹の上で死ぬって決めているんだ。だから、俺より先には死なせない」
 彼女はちょっと笑って、とても小さな声で夢を語った。
「私は、こたつになりたい。煙草のように蝕むんじゃなくて、あんたを殺せもしない、温めるだけの」
 そんな生温い生き方がしたい。

 ああ、君を愛しているのに。



 ベランダに出て、空が明るくなっていくのを二人で見ていた。
「寒いね」
「うん」
 相槌を打った笠谷の手を取る。
 君のいる世界がやさしくなればいいと、必死に思った。
「煙の中と海の底は似ている気がして、それで」
 ぽつり、こぼすように言う。
「人魚姫になりたかったの?」
 君はちょっとだけ考えて、口を開いた。
「東條を王子だと思ってたんだ」
 馬鹿だなあ、それで君が人魚姫じゃ悲劇じゃないか。
 可笑しくて可笑しくて、あんまりにもとんちんかんだから涙が出た。

「バッドエンドだって構わないと思った、私の傍にあんたがいてくれるのなら」
 つくづく、笠谷はハングリィ精神に欠けていると思う。
 そんなありきたりな、泣いてしまうような悲劇でいいの。俺は嫌だ。
「君には生まれつき脚が生えてる。声もあるし、それ以外に欲しいと言うなら俺がやる。君からなにも奪わないで、与えてやる」
「……ほんとうは欲しいものなんてないんだ」
 願うことはたくさんある。
 今月のバイト代が増えていて欲しい、明日晴れたらいいな、笠谷が生きていること、笠谷が俺を好きでいてくれますように、笠谷がしあわせであること、笠谷が死体なんて見なくなりますように。
 まだまだある。
 きっと星の数が足りないほど、俺は欲張りだ。

「東條が私のことを好きだと言った日から、とっくにしあわせは私のものだった」
 だからもうこれ以上要らないと言う。贅沢できない、望めないと言う。
「あんたが私のために煙草を吸ってるのを知ってるよ」
 君はこんなに綺麗に笑えるひとだったろうか。
「もし、これ以上の楽園があると言うのなら、そんなのは偽物だ。それこそおとぎの国だよ」
 ほんとうのほんとうは、そんなこと気づいていた。
 現実に完璧なしあわせも、永遠の愛も存在してはいけない。
 それだから君は死体を見て、俺はヘビィスモーカーになった。奪われないように。
「これはハッピィエンドだよ、東條」
「かなり無理矢理だけど」
「ね、キスしよう」
 少し苦いくちづけで物語は幕を閉じる。この先は誰も知ることのない、ふたりだけの。


 1、2、3、カウントダウン。
 舞台を飛び降りる。





作品名:ヘビィスモーカー 作家名:こはな