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さかきち@万恒河沙
さかきち@万恒河沙
novelistID. 1404
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【Light And Darknrss】月光

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「この宿体ごとおれを殺して欲しい。お前の手で」
「……悠弥……っ」
「頼む。宇受女さまを傷つける前におれのこの命を絶ってくれ。また、何も彼も繰り返すわけにはいかない……本当は、いますぐ喉をかっきったほうがいいのかもしんねぇけど」
 自嘲のように紡ぐ。
「怖いんだ。いつか再び、巫女姫に逢ったときのことを思うと……とても怖い。……このままじゃあ……どうしたらいいかわからないんだよ……あの記憶が……怖いんだ……!」
「あのときのように、また……『狂うかもしれない』と?」
「いや。……おれは……とっくに狂っているんだ……」
「……そんなことがあるわけないでしょう!」
 義貴は、小刀を悠弥の手から取り上げた。
「逃げるために、神刀でその永久の命を絶ちたいというのならばそれはできない相談ですよ。それは我々天神族には赦されないことですからね。……どうです?」
 そういうと、悠弥はいくらか怯んだように見えた。
「……逃げて、なんか……」
「誓えますか。私にではなく、高天原の帝に?」
 そんなはずはないでしょう、とでもいいたげな口ぶりに悠弥は続ける言葉を失った。
「罪を犯したと、思っているんでしょうね」
「……」
「けれども罪から逃げることはもっと大罪だ。違いますか」
 吐き出して、貴は何かを噛み殺すように、苦しげに眉根をよせた。実際苦しかった。
「赦されることなど到底望めない。それは辛い。でも逃げてはいけないのです」
「わかって……いる」
 義貴は目が眩むような胸の痛みを覚えていた。それも耐えきれなくて、義貴はそっと少年の首筋に顔を埋めた。少年の体はなんだか悲しいくらい小さく感じる。
 そう。
 二千年なんて、正気の沙汰で過ごしてこれる年月ではない。それはどちらもおなじことだった。義貴は強く、絞るように応えた。
「あなたの頼みなら引き受けましょう。確かにあなたが自分を見失ったときには、私がこの手で引導を渡します。けれど悠弥……諦めないで下さい」
 胸に凭れてくる青年の肩を抱き、悠弥は小さく笑った。
「何も彼もを諦めるのは、まだ早い。……私たちはまだ、あれから宿体を変えて転生したはずの女神にも皇子にも、まして敵にさえ出逢ってもないのですから」
「……それで何かが変わるとは……思えないけどな」
「では、久米命。……あなたがいなくなったら誰があの女神を守る?」
「あの女神は誰に守られる必要もない。そんなに弱くない」
「欺瞞でしょうそれは。買い被って、あなたはそうやって巫女姫を追い詰めたんですよ?」
「忍日……」
「あなたはそんな馬鹿ではない。あんなにあなたが大事にしていた人を……突き放して捨てるような真似をしてはいけない」
 違う……目を見開いて、悠弥が首を振る。
「巫女姫は確かにあなたに守られていた」
「嘘だ」
「嘘? とんでもない。百年前のあの一件で、何も彼もがすれ違ってしまっただけです」
 見上げると、義貴の顔があって……ひどく冷たい掌が、悠弥の頬を包んだ。
「あなたの苦しみは私の苦しみでもあります。私たちは、半身同士」
 ああ、と悠弥は頷いた。
「義貴。……忍日。……すまない」
 悠弥とて、わかってはいるのだ。失えない、かけがえのない人。ふたりを両方、失えないと思うのはひどく贅沢だとわかっている。
 愛する人。
 大切な人。
「馬鹿、な奴だよ……お前」
 悠弥は声を詰まらせる。
「おれのことなど。……見捨ててくれていいのに」
「誰もそんなことはしませんよ。たとえば皇子でも、巫女姫でも、帝でも」
「……それが、辛いというのに……な……」
「逃げないで、未来を見て、あなたは巫女姫を守りなさい。わたしがあなたを守りますから。……死ぬときも。……黄泉路を辿るときでも」
 悠弥は目を閉じた。
「私にとってはあなたが。とても大切なんです。あの女神をまっすぐ見ていたあなたは、こんなふうではなかった。前を向きなさい。巫女姫がそうだったように、あなたも」


 宇受女サマ……ヲ……手ニカケタ……。


 悲劇の夜の記憶に、彼はすっかり怯えている。
 そして深く傷ついている。
 誇りも、自尊心も、なにもかも。
 ずたずただ。
 犯した罪の大きさ故の代償たればそれは受けるべき当然の報いか。百年も、あの女神に焦がれ、怯え、苦しみ、息も詰まる思いで日々を過ごすことが。
 非道すぎる。
「悠弥……」
「報い、だ」
 何も彼もを諦め切った表情で、少年は、呟く。
 かつての笑顔はもう……戻らないのだろうか。
 あの、強い意志と、優しいまなざしと。生気に満ちた笑顔が、もう戻ってはこないというのだろうか。この者は、こんなにあの巫女姫のために心血をそそいで身を砕いたのに。
 義貴はおもう。
 二千年の時の果てが、これでは非道い。
 それでもかの姫を想ってゆける彼は強い。この者は宇受女をしか見ない。
 救ってやりたい。義貴にはどうすることもできないのだとわかっているけれど、それでも援けてやりたい。もう一度、笑顔を取り戻せるというのなら、どんなことでもできる。
 彼が宇受女を想うかたちとは違っていても、義貴にとって何より大切な半身なのだ。
 誰よりも。
 あなたには……見失ってほしくないんですよ。
 信じていたもの。愛していたもの。掌の中にあったもの。
 これ以上何を失うというのだろう。彼はあまりにも何もかも失い過ぎた。このうえたったひとつの真実を……見失って欲しくない。
 いってんの曇りない忠誠さえも、届かない その苦しさ。彼の、彼女への愛情には、濁りがなかった。澄んでいて、美しかった。人ならぬ身であればこそ持ち得た清冽な精神に支えられたもの。傍らで見守る忍日をさえも、満ち足りた気にさせる おおらかで幸せな愛情だったのだ……。
 それが音を立てて崩れたあの日。
 彼は自らが犯した罪の代償として、すべてを一手に失ったのだ。修復もできないほどに、心を粉々に叩き壊されてしまったのだ。
 彼はどうして……あの、忠誠を失ったのだろう。
穏やかなまなざしを。柔らかな声を。優しいしぐさを。惜しみなく愛情を注ぎ続けることを止めてしまったのだろう。
 すべてがわからない……絶対に失えないとわかりきっている人を、自ら己のもとから切り捨てるような真似をするとき……人は、そのとき一体何を考えるだろう。
 何故そのようなことをしなくてはならないのだろう……と、己の身を呪いでもするのだろうか。気も狂わんばかりに絶叫しながら。
 そんなことがどうしてできるのだろう。
 けれど、同じ過ちを繰り返し、泥沼でのたうち回る彼を見るのは辛い。
 だから。
 この悲しいまなざしのひそむ瞼の下の瞳に、心底の笑顔を取り戻させることができるのならば何をも惜しまない。昔の彼に、戻ってほしい。
 怯むことを知らぬ、強い瞳。
 明るさと不屈さ。
 女神を守ることに命を懸けるだけの真摯さ。
 顔をあげて生きてゆくだけの、潔癖さ。
 なにもかも、彼のものだったのに。


 夢幻のような、月の光。


 眼裏で踊る、天照の巫女姫。
 ――天宇受女命。
 美しすぎる裸身。
 清らかすぎる瞳。
 そしてあまりにも剛すぎるその心。


 月の光は、 記憶を 抉る。