願いの卵
体中を蛇のように疲労感が這い回り、頭の芯にまで達しようとしていた。
”部屋に帰ったらまず熱いシャワーを浴びて、酒を飲んでさっさと寝よう”
賢一は、エレベーターを待つ間に疲れた頭で、部屋に戻ったあとの行動を考える、特別時間がないというわけではなかったが、就職をしてからというもの、賢一にはいつでも先々の行動を考える習慣が身についてしまっていた。
考えがまとまったところで、ちょうどエレベーターが到着した。
エレベーターからは、黒いコートを着た二人組が乗っていたので、賢一は二人が降りるのを待って乗り込み最上階のボタンを押す。
布団の上を見て息を呑んだ。
布団の上に卵があったのだ。
それも、子供の背丈ほど巨大な卵だ。
「なんだこれは?誰かのイタズラか?」
しかし、彼の部屋に誰がわざわざこんな大きなものを入れるだろうと考え、Sは首をかしげた。
おそるおそる、卵に触れてみると肌触りは鶏の卵そっくりで、ほのかに温かい。
「この温かさ、中に何かあるのか?」
卵を調べていると、賢一の携帯電話にメールが届いた。
宛先:obsession-grant@deities.ne.jp
表題:至急お読みください。
本文:こんばんわ
私、あなた様のお部屋に卵を置かせていただいたものです。
さぞかし、ご不審にお思いのことでしょうが、このメールをしっかりとお読みになり、
対応して頂くようお願い申し上げます。
さて、あなた様の部屋に置かれた卵は、願いを叶えてくれる卵です。
まさかとお思いでしょう。
無理もありません、そこで、この卵の力を試すということで、大きな卵の脇に、
小さな卵を置いておきました。
その卵を手に持ち、何か願い事をしみてください。
またご連絡いたします。
---END---
「なんだこれ、ふざけたメールだな」
賢一は苛立ちながら携帯を閉じた。
そして、卵をあらためて見ると、確かに大きな卵の脇に、鶏の卵のようなものがある。
「ばかばかしい、担がれてるに決まってる」
そう思いながら、小さな卵を拾い上げ、生ごみ入れへ。
「くだらない、でかいのは明日業者でも呼んで、持ってってもらおう」
巨大な卵を布団からどかそうとすると、脇にさっきと同じ位置に卵がある。
「まだあったのか?」
さっき見たときには一個しかないように見えたが、2つあったのだろう。
賢一はもう一度卵を拾い、生ごみ入れに捨てた。
「さぁ、こんなことしてる暇はないんだ」
振り返ると巨大な卵の横には、また小さな卵があった。
賢一はまさかと思い、マジックを引っ張り出し、小さな卵に×印をつけて窓から外に放り投げた。
そして、振り返るとそこには×印のついた卵があった。
「なんだこれ…」
そういった時、また携帯にメールが届いた。
宛先:obsession-grant@deities.ne.jp
表題:小さな卵について
本文:たびたび失礼いたします。
小さな卵についてのお知らせをさせていただきます。
その卵は願いを叶えるまで、どんなに遠くに捨てても、
必ず元の位置に戻るようになっております。
紛失の心配はありませんので、安心してお使いください。
---END---
「本当に願いが…」
賢一は半信半疑ながら小さな卵を拾い上げ、疲れを癒してほしい、と願った。
ピシピシピシ
パカッ
賢一は願うと同時に、手の中の卵が割れるのを感じた。
するとすぐに、賢一の体の疲れが吹き飛び、顔の血色もよくなった気がした。
体を動かすと、全身から疲れがすっかり消え去っているのが実感できた。
「これは本物だ!!」
賢一が喜んでいると、また携帯にメールが届いた。
宛先:obsession-grant@deities.ne.jp
表題:大きな卵について
本文:さて、この卵が願いを叶える卵であると、お分かりいただけたかとおもいます。
そこで、願いを叶えるための詳細をお知らせいたします。
まず、3日間部屋を決して出ないでください。
次に、電化製品を使用しないでください。
願いが変質する恐れがあります。
最後に、3日間つまり72時間、卵に手を触れ、願いを思い浮かべ続けてください。
これらの条件を達成すれば、あなたの願いは叶えられます。
---END---
さっそく賢一はブレーカーを落とし、携帯も切った。
電化製品を使うことができないので、日の出と日の入りからなんとか時間を予測した。
食べ物も卵から手を離すことができないので、生のまま食べた。
眠くもなったが、願いがかなうことを思えば眠気も覚めた。
そして、3日目の深夜。
ピシピッシピシ
卵がきしみ、真ん中から横にヒビが入り始めた。
「やった…3日たったんだ…俺の願いが叶うんだ!!」
賢一は朦朧とするなかで目を見開いて、卵を見つめ続けた。
そしてヒビが一周し、最初のヒビとつながると。
パカッ
と言う音とともに卵が開いた。
そのとき卵の中から強烈な光が放たれた。
3日間部屋に閉じこもり、電灯をつけていなかった賢一は、あまりの光に思わず目を閉じた。
賢一が再び目を開いたとき、そこは彼の部屋ではなかった。
「ちょっと、なにボケッとしてんの?」
賢一の目の前には恋人が怒った顔でこっちをみている。
「え?」
賢一は激しく動揺した、彼女がここにいるはずはないのだ。だって彼女は…
「なにとぼけてんの?どういうことか聞いてんでしょ!!」
そのとき、賢一の携帯にはメールが届いた。
宛先:obsession-grant@deities.ne.jp
表題:願い事受理
本文:こんばんわ。
願い、確かに受理いたしました。
「浮気が発覚し、口論の末に恋人を殺してしまったことを、なかったことにしてくれ」
確かに叶えさせていただきました。
追伸。
あなたの願いは時間戻したわけではなく、
次元を歪めたことによって叶えさせていただきました。
これは、卵の二度の使用は許されないために取らせていただいた処置です。
ご了承ください。
この後のあなたのご幸運をお祈りいたします。
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