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ひとりと、ひとつ。(R-01M)

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初めてのケータイは、10歳の誕生日にじいちゃんが買ってくれた。もう7年、一緒にいる。
 見た感じ、すらりとした神経質そうな男で、いつもスーツだ。
 子ども用だからなのか、元々そういう性質なのか、ああしろこうしろって、いちいち干渉してきて口煩くて仕方ない。
 あんまり鬱陶しかったから、何回か遠くに置き去りにして逃げたこともある。すぐに戻ってきたけど……。
 次に自分でケータイ選ぶ時は絶対、喋らない歩かないシンプルなのにしようと何度も思った。

 最近は、時々調子悪そうにしてる。
 気づくとうたた寝してたり、声が出しずらそうだったり。
 ケータイにしては長く使ってるから、そうなるものだと、そいつは言う。
 そんで、新しいケータイのパンフレットを見せてくる。その度に「ウルサイ」って強制的にマナーモードにした。
 メーカーに直してもらうのも考えたけど、ほとんど記憶が消えて戻ってくることが多いみたいだからやめた。

 そのうち、充電をしても目を覚まさなくなった。
 何日も充電して、手動で起動させても、全然起きない。
 どうしよう、と思った。
 このまま、目を覚まさなかったらどうしよう。
 友達とか家族からメールや電話を受けたり掛けたりできないし、時間もわかんないし、ケータイサイトは見られないし、こないだは宿題忘れるし……。
 全部お前のせいだ。お前が起きないからだ。

 かあさんには、「もう寿命だから新しいケータイにしたら?」って言われた。
 夕飯を食べてる途中だったけど、ムカッとして部屋に戻ってきた。夜中に腹が減ったら、こいつのせいだ。
 充電ランプは消えてる。相変わらず自動で起動しないから手動で起動させてみる。
「なんだよ、ばか! 起きろよ! 役立たず!」
 揺すっても目を覚まさない……はずだった。

 何日かぶりにゆっくり目を開けたそいつは、部屋の明かりに眩しそうにした後で、俺を見た。呆れたような、仕方ないっていうような顔をする。
「……どうして泣いてるんですか」
「泣いてない!」
 もう起きないかもしれないと思ってたから、びっくりして涙が出ただけだ。
 怒鳴ったら、掠れた声で笑われた。
「よかった。もう一度、話すことができて。受信したデータはセンターに預けてありますから、機種を変更したらダウンロードしてください」
「なんだよ、それ」
「なんだと言われましても、大切なことなので。ご友人からのメールが溜まっていますから、早めに受け取らないとダメですよ」
「ご飯はチンして食べてね、じゃねえんだぞ。なんでそんな……もっと、ほかにっ」
 こんな時に、なんかもうお前ヤバそうなのに、言うことそれなのかよ。他にねえの?
 俺は俺で、言ってやろうと思ってた文句が浮かんでこない。何を言えばいいのかわからない。
「ここ数日、起動できなくて済みませんでした。もう恐らく私は再度起動することはないと思います。……マスターに会えて良かったです」
「うるさい! そんなの聞きたくない! 名前で呼べって言ってんだろ!」
 すぐにマスターって呼びたがるこいつに、俺は何度も名前じゃないと返事しないって言った。
 そういうとこだけ、ほんと物覚えが悪いっていうか、頑固だ。
 最後みたいなことを言われて、なんでか昔のことも色々思い出してきて、ぼろぼろ涙が出る。
 お前のせいだ、バカ。なにも見えないじゃん。
「遼一郎。……そんなに泣かないでください」
「だって……おれ、イヤだ」
「そんな子どもみたいなことを……いつもは、もう子どもじゃないって言ってるじゃないですか」
「お前じゃないと、いやなんだよぉ……」
 掴んだスーツが皺になった。
 このまま、ずっと握っていれば消えないんじゃないかと思って力を込めるのに、だんだん手応えが無くなってくる。
「……嫌われていなくて良かった。ありがとう、ございます」
 俺がこんなに嫌だって言ってんのに、すげえ涙出てくるのに、なんでお前がそんな幸せそうな顔するのかわからない。
 続けて何か言いかけた唇から声が出る前に、姿がブレて消えた。
 残されたのは、本体の小さな機体だけだった。

 新しいケータイは、なかなか決められなかった。
 友達には、「可愛い女の子にすれば?」って言われたし、ショップの人には流行りのケータイを勧められた。
 でも、どうしても似たような機種を探してしまう。似ているものは似ているっていうだけで、あいつじゃないけど。
 機種変更した時の記憶の継続は、同系のバージョンのものならある程度可能らしい。
 そのケータイが通常のデータ以外のものをどれだけ覚えているかにもよるから、前のものに近くになるかどうかは運次第みたいだった。
 通常のデータ以外の記憶を、あいつがたくさん覚えている自信は全然無い。仕事に関係ないものなんて、すぐに忘れてそうだから。

 機種変更自体は簡単だ。本体を買ってきて、前のデータチップを入れるだけでいい。
 ショップでもしてもらえるけど、家に帰って自分ですることにした。
 もし何も覚えてなくて、似た新しい何かでも、それはそれでひとつのケータイなんだから、大事にしようと思う。
 また最初からでもいい。記憶が欠けてても、あいつといられるなら。
――はじめまして、マスター。
 7年前、初めて起動させた時に、あいつはそう言った。
 また、そう言って起きるんだろう。そしたら名前を呼ぶように言って、それから……。
 震える手で、小さな機体を握って、電源を押す。
 目の前に、すらりとした神経質そうな、スーツを着た男が現れた。
 呆れたような、仕方ないっていうような顔で俺を見る。それからゆっくりと口を開いた。
「……ただいま、遼一郎」