夢色失色(1)
そう思えば、格好いいのかと考えてみる。
違う。そうではない。私はただ、逃げているだけだ。
分かっている。分かっている。分かっているけれど、こうすることしか出来なかった。
屋上から眺める景色は酷く暗い。
私は今から、私という存在を殺す。
私は今から、私という存在を手放す。
それがきっと、最善の選択なのだと、思いたいから。
「ちょっとォ。
飛び降りは見苦しいから、やめな?
うちに頼んでくれたら、もっといい死に方させてあげるからさァ」
夢色失色
「ドーモ。俺、”自殺計画カンパニー”略してJKC社員の二宮潤と申します。さてはて、お嬢さんは今此処から飛び降りようとしていたわけですがァ……自殺したかったんですよねェ?」
突然目の前に現れたスーツ姿の猫目の男。くせのある茶髪がさらさらと揺れる。
「……そんな下らない冗談ついてまで、私の自殺を止めようっていうんですか?」
愛嬌のあるその笑みすら、今の私にはただの嘲笑にしか過ぎない。愚かだと笑いに来たのか?それとも、――。
「ヤダなぁ。俺はJKC社員ですよォ?お客様が望むなら、幾らでも理想通り、綺麗なままで社会から抹消してあげる…そう交渉してるだけですってばァ」
「………一体何なの、JKCって。そんなのあるわけないじゃない。自殺計画カンパニー?ふざけないでよ…!!」
「…ウーン。信じてもらえませんかねェ?…仕方ない」
男が手に持っていたアタッシュケースを開く。
「…何…それ」
思わず言葉を失った。目の錯覚かとも考えた。
「最高級の練炭に、お客様のご要望に沿ってオーダーメイド致します首吊り用の縄、それから眠ったまま死にたい方には睡眠薬など、新たな旅立ちに必要なものが全て揃っておりマス」
「……」
私は屈み込んで、アタッシュケースの中から練炭を一本手に取った。
手が黒ずむのも気にしない。そもそも今から死のうという人間が、今更外面を気にしてどうするのだろう。私は別に、綺麗に死にたかったわけでも、誰かに覚えていて欲しかったわけでもない。
「さて、お嬢さん。此処で取引といきましょう」
「…取引…」
「私共”自殺計画カンパニー”は無償でお客様の快適な旅立ちをサポートさせて頂きます。勿論旅立ちの後の遺体も此方で処分させていただくことになりますが…」
「………いいわ」
私は、頷いた。こんなのはきっと新手の詐欺ね。思いながらも、死にたいというその気持ちを抑えることが出来なかったのだ。
「では!短いお付き合いですが、宜しくお願いいたしますね、お客様!」
私はふと思う。
…果たして、快適な死に方なんて、あるのだろうか?
翌朝。
部屋に運び込まれる荷物類に、私は頭を抱えた。
「何処で調べたの…」
「ご安心を!お客様のプライバシー管理には徹底しておりますので!」
…この男…。
平然とした表情で荷物を運び終え、キッチンに立つ男。
「さて、お客様…いえ、加奈子さん!
本日より俺、二宮潤が貴女の最適な旅立ちのお手伝いをさせて頂きマス。
宜しくお願いしますね」
…ああ…。
私は何処で道を踏み間違えたのだろう…。