池袋乙女春事情
桜舞い散る四月の頭。池袋の人々は春の訪れに笑顔し。
――私、猫村カヅキこと猫屋敷明(ねこやしきめい)は、原稿で死んでいた。
【池袋乙女春事情】
一週間前の四月の魚。世間でちょっとしたブームになってる自ジャンル公式サイトが、四月馬鹿をやらかした。そのネタは萌えだけでなく見る者達の涙を誘い、御多分に漏れず、私もそれに伸された一人だった。
ええ萌えましたよ滾りましたよあんなん見せられたら泣かない訳がないじゃないですかっつーか何アレそこでそのオチとか反則だって!
その日の時点で、イベントは十日後に迫っていた。しかし、私は思ってしまったのだ。
「新刊、こっちにすっか」
コピー本サークルだから出来た暴挙だろう。正直あの時は萌えが滾りすぎて頭がどうかしてたんだと思う。あの日の私をどつきたい。
いやもうホントに何で九割出来てた原稿投げてこっちにしたの自分。夜中のテンションマジ怖い。
小説本とはいえ、実働三日で原稿を上げなければならないと言うマゾいスケジュールになったのは、燃えが滾りすぎて逆にネタが纏まらないという酷い状況の所為だった。つまり自業自得ですね分かります。
「だめ。もうやだおねーさんわーどみたくない」
くらくらする頭を片手で押さえて、回転椅子に座ったままで、くるりと後ろを振り向いた。
「ちょっ、カヅキ先輩死んじゃらめぇええええええ! 起きて! 起きて下さい!
四月馬鹿ネタの新刊出すって言ったじゃないですか!」
私の後ろ――今は目の前だが――には、泊まり込みで来ている後輩のみったん(♀)がいた。今回彼女には表紙原稿を押し、じゃなくてお願いした。一応彼女別ジャンルの子なのにね。
彼女の視線の先には、ラップトップパソコンと私の様子を確認する為の鏡が置かれている。ちら、と置かれた鏡に目をやると、土気色っぽい私と目が合った。これはひどい。
「ふふふ……ねえみったん。おねーさん、ナス=ホルタールの神殿見に行きたかったんだよね……」
「セレファイスは駄目です! 死んじゃう! 先輩も原稿も死んじゃう!」
死亡フラグっぽい何かを口に出す私と、必死になってそれを止めようとするみったん。話し掛けられてもペンタブを休めない辺り、彼女は私より優秀かもしれない。
「みったん、二時間だけ寝かし、て」
がくり。
「せ、せんぱぁあああああああい!」
かくして私は眠りにつき、彼女は泣きながら手を動かす。ああ、新刊出したかった、な――――