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灰とバロック

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――ending――




 暢気に車の上で雲を見ている男に、青年は舌打ちをした。
「おい、あんたも手伝えよな」
 道中エンストしてしまった車をさっきから自分ひとりで直しているわけなのだが、旅の相方は何もしようとしないのだから嫌になる。
「申し訳ないが、年寄りなもので…車の仕組みなんてとんとわからないんだ」
 しかし相手はしゃあしゃあとそんなことを言ってのける。昔から少しも変わらない、無駄に整った顔が嫌味だ。
 金髪の青年、エドワードは、それなりにりりしく育った顔の中眉をしかめて再度の舌打ち。
「あんた、嘘ついてんじゃねーよ。機械いじり好きだったくせに」
「それは私の趣味じゃないよ。ただ、ちょっと興味があった時期もあったかもしれないが」
 ああ言えばこう言う。
 エドワードは溜息とともに立ち上がり、がしがしと頭をかきながら男の脇から水筒を取り上げ水を飲む。ほとんど入っていなかった。補給しなければ干からびてしまう。
 …それもこれも車が動くかどうかにかかわっている。
「…錬金術は、使わないのかい」
 男はひっそりと、少し考えた後に聞いてきた。するとエドワードはぱちりと瞬きして、そうだなあ、曖昧に笑って答えた。
「でも、使わなくても直るからな」
「それはそうだが…」
「今はそれで直しても、そんなんやったら修理に持ち込んだり燃料補給するとき厄介なんだよ。ずっとセルフもめんどくせえし」
 渋い顔で答えた青年に、男は目を細めて笑った。
「…なるほど。では、そろそろ私も手伝うとしよう」
「は?」
「君が干からびてしまっては可哀想だからね。さあ、レンチを貸してくれたまえ」
 なぜか急にやる気を見せて立ち上がった男に、エドワードは首を捻る。どうにも、まだまだこの男の考えは読めないことも多かった。
 だがまあこれから先の一生をくれてやってしまった相手だ。すぐにわかってしまうよりは、謎の部分があったくらいの方がいいかもしれない。そう、思い直すことにする。

 結局、男の手助けで車はすぐに息を吹き返し、手近な町に明るいうちに辿り着くことができた。宿も取れて、温かい食事とふかふかのベッドにありつける。幸運だった。
 町に一軒しかない宿屋は古く、歴代の大総統の似顔絵が飾られていた。ブラッドレイ大総統のものまで残されていたのには驚いたが、割合に新しい黒髪の若々しい男の肖像画は客の片割れの黒髪の男に似ていて、宿屋の主人は首を捻る。確かマスタング大総統は数年前謎の襲撃を受けて拉致され、そのまま消息を絶ったのだが…まさかな、と首を振る。いずれ他人の空似に違いない。

「あれ、オヤジさん驚いてたな。あんたの顔見て」
「…私も少し驚いたよ」
 ロイは肩をすくめて溜息をついた。髪型は意識して当時と変えている。というか、大総統時代は髪をずっと上げていたから、それ以前と同じく前髪をおろしているだけなのだが。
 食事の後の部屋で、悪戯っぽくエドワードが言うのに、ロイはひたすら苦笑するしかない。やはり、大総統になったのはちょっとまずかったかもしれない。もう忘れられたかと思っていたが、たまにこういうことがあるから油断ならないのだ。
 しかし、旅の連れであるエドワードがそもそも目立つので、…そこから一緒に目立ってしまうということもあるわけで。エドワードにも変装してもらうべきだろうかと最近ロイは思っている。
 エドワードは少年の頃の姿しか国内で知られていないから、その姿からすぐに鋼の錬金術師と知られることはない。特徴であった機械鎧も今はその腕や足にないのも大きい。しかし、それとは別の意味で、凛々しく成長した彼は人目を惹くのだった。ただ立っているだけで、老若男女問わず視線を集めるのだから勘弁して欲しい。しかも本人にその自覚がないのだからたまらない。
 エドワードに視線が集まると、必然的に隣にいるロイにも視線が寄せられる。失踪した直後などは、もしかして大総統なんじゃ…と、騒がれかかることもあって肝を冷やしたものだ。
「なあ」
「うん?」
 ごろんと横になった青年が、少年の頃のままの目でロイを見ている。それだけでなんだか胸が温かくなって、ロイは目を細めた。穏やかに。
「あんた、今、どう?楽しい?」
「…幸せだよ。君がいてくれる」
 相変わらず年をとらないのは変わらない。けれど、エドワードがいてくれる。ひとりではない。エドワードがいなくなったときのことを思うと心が冷えるが、今はまだ、それは考えないでおく。
「そっか」
 エドワードは嬉しそうにはにかんだ。
「オレもさ、実は結構幸せだったりして」
「…本当に?」
 青年の台詞はロイには意外なものだった。彼は、ロイにつきあって他の全てを投げ出してしまったのだ。後悔していると責められても仕方がないのに、幸せ、とは。
「うん」
 エドワードはいっそ幼いくらいの様子で頷いた。そして、手を伸ばす。何かをつかもうとするようなその仕種に引かれて、ロイはエドワードの枕元に移動し、その手をつかむ。
「だって、あんたはオレのもんになった」
「…?」
「あんたに、さよならって言われたとき、オレはすごくいやだった。忘れてもいいっていわれて、忘れられるわけないって思った」
 ロイは目を瞠ってエドワードを見つめた。
「…忘れたくなんかなかった。忘れさせたくもなかった」
 エドワードは、握ったロイの手を引き寄せ、そっと唇をつける。
「――さよならなんて、したくなかったんだ」
「……」
「…大佐?」
 彼は今も、時折その名でロイを呼んだ。ロイもまた、彼にはそう呼ばれるのが一番しっくりくるように感じていた。
「…なんで泣いてるんだ?」
 エドワードは半身を起こし、心配そうにロイをのぞきこむ。男は、虚を衝かれた顔のまま、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
「…ばか。オレがそばにいるって、言ってるじゃないか」
 しばらくそれを見ていたエドワードだが、ふっと目を和ませると握っていた手を外し、両手をロイの背中に回した。育っても結局こいつには体格負けてるんだな、と思いながら。それでも、今こうして抱きしめてやれるなら十分だとも思った。
「ばかだな。あんた、泣き方も今まで知らなかったのか」
 うまく泣けないでいるロイに、からかうようにいって、エドワードはそのこめかみについばむようなキスをする。あやすように、愛するように。
「何でも知ってる魔法使いも、単純なことは知らなかったんだな」
「…そうかもしれない。…抱きしめられるのがこんなにあたたかいと、今まで知らなかった」
 震えた告白に、エドワードは小さく笑い、抱きしめる腕に力をこめた。
「――じゃあオレが教えてやる。…オレのこと、抱きしめてみなよ」
 笑い混じりの声にロイは顔を上げ、なさけない顔で笑い返すと、エドワードを抱きしめてベッドにそっと倒しながら、震えるキスをしたのだった。



 不老不死の男がその後どうなったかは、誰も知らない。
 けれども、魔法使いが愛情を知って人間になれたのだけは確かなこと。

fin.
作品名:灰とバロック 作家名:スサ