Mere Epilogue
「もう・・・やめようよ」
彼はつぶやくなり、私が毒の塗られた短剣を持っているのを先刻承知で、私を抱きしめた。
「刺したいなら刺しなよ。でも、もしすこしでも、君が心の中に耐えきれないものがあるのだとしたら・・・教えてほしい」
「・・・な、なにをいっているの」
私はこの勇者の神経を四、五度疑った。殺しにきた悪の姫をこともあろうに抱きしめてそのような言葉を吐くとは。やがて、彼は、私のことをさらに強く抱きしめる。
「私は・・・今ここで・・・あなたを刺すことができる・・・あなたを死に追いやることができる・・・なのになにを考えているの・・・」
「そういいながらも、僕を刺せなくなっているじゃないか。ねえ」
彼は静かすぎるくらい静かに、それをつぶやく。
「モレーンちゃん」
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夕日が沈みゆく小さな寒村。私は隣の家の少年とよく旅をしたものだ。そして、それが見つかるとすぐ、近くの村々から送り返され、叱られる。そしてそのたびに、私は彼との絆を確認する。
彼は言っていた。
「僕は、王様になりたい。人に幸せを与えられるような。今、僕らを覆う悪い奴らを倒して、そしてこの国のリーダーになる」
私はそれを聞くと言った。
「じゃあそのときは私をお后様にしてね」
しかしやがて私の村にも、その悪い奴ら・・・それは悪魔ともなにとも形容詞がたい、もっと言うと人型の影のようなスライムといえば分かりやすいだろうか。切っても切っても分裂し、人を取り込んで肥大化する。
対抗するには唯一、ブリリアントカットを施した、世にも美しく珍しい玉虫色のダイアモンドを二つはめた剣できりつけるしかなかった。これを納めるのも、結局は人間。人に人外の恐ろしい生物兵器をぶつけて征服を試みる邪知暴虐の王、アトモン。それに立ち向かうためスライムを切り分けた彼も、村を守ることはできなかった。失意のうちに彼は旅にでていく。
しかしやがて待っていたはずの私は、ひょんなことから闇につけ込まれて、闇の女王になっていた。アトモンはわかっていた。私が彼とかつて親しかったことを。私は、自分が生きるためなら彼はどうでも言いと思ってしまった。彼は私を切ることができまい。それにつけ込み、動揺を起こし、毒を塗った短剣で刺すべし。アトモンに入れ知恵されて私は彼の前にたった。
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「僕の名前をいってみな」
答えられないでいると、もう一度訊いてくる。
「僕の、名前を、いってみな」
私は、少し、苦しくなった。
「セディメント・・・くん」
「僕の夢は」
「・・・みんなに、幸せを与える王様」
「君は、そのときなんと言ったっけ」
今度は、迷わず、言うことができた。
「・・・そのときは、あなたのそばにいて、お后様にして、って言った」
「・・・今は?」
「・・・」
彼は再度、問う。
「今は、僕の后になりたいと思う?」
「・・・うん」
「それだけ聞ければ十分だ」
そういうなり、彼は私を抱き寄せたまま、少し下がり、そこで私を背中にして、剣を取り出す。
しばらくして、アトモンが現れる。
「・・・愚かなる娘よ、モレーン。お前が持っている、その地位を捨てるとは・・・お前はもしや、バカなことを言うつもりではあるまい。正義ないもとの地位なんていらぬなどと」
「勝手に想像しないで」
私は答えた。
「なにをほざくか」
「その言葉、そっくりお返しするわ。わたし、正規の方法でそれを取り直すだけよ」
「な・・・」
アトモンがつっこんでくる。両手にもつ大剣を振りかざして。しかし刹那の間、それはもろく砕け散る。
「僕の愛する人を、これ以上困惑させるのはやめてくれないか」
彼は地理ゆくアトモンにそういった。あれほど強いと言われていたアトモンも、正義を、いや、みんなの幸せを信条とした青年には及ぶべくもなかった。
「・・・挙式の準備をしようか。君にこの上なく可愛い服を着せたいな。まあ、君が可愛すぎて、なにを着せればいいかわかんないけど」
「その前にあなたの服を替えないと。そんなぼろぼろじゃあ記念すべき式にあわないよ」
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私は、今、彼の隣にいる。もうそろそろ、新国王が、自らの后の手をとりながら入場する。私はふと、彼をみた。
「いつもよりもさらに可愛いね」
彼はそういって、私をみる。そこにあったのは、勇者としての彼ではない。
私の前で、夢を語るときの彼の姿だった。
作品名:Mere Epilogue 作家名:フレンドボーイ42