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「駅」湖と木と巫女の話。

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その木は湖の只中にあった。
一人の巫女が水を渡りその木へと近づく。

その場所は駅の周辺であり、またその集合からは離れた山中にある。
駅とは、ただの名称であり。
実際は線路を中心としたドームのような商店街のような住宅地のような人の集まる場所だった。
夕日の差し込むそこは、炊事の匂い、明るい声、光、焼けたパンの匂い、歌声などが響く場所。
巫女はそこで生活するただの人間だった。
「巫女」といっているがただの人で。
他の人間より、少し他のものを見ることが出来る人間だった。

左の手からは夕日に照らされるように赤い体液が溢れてこぼれており。
静かな水面を波紋を広げて汚していく。

水の上を歩いて渡る巫女の目には何も映っておらず。
目を焼く夕日すらも零れて片ッ端から消えていく。

「……」

左の手に、水面から伸びた木の枝がゆっくりと絡みつく。
それは巫女の脚を止めるものではなく、逆に進めるものであった。
体液を吸って枝は葉を茂らせて、伸びていく。
左腕、左の肩、左足の半分ほどを覆ったところで、彼女は脚を止めた。

「私の願いは」

開いた口から覗くのは赤い舌。
目は夜へ姿を変えた空へ向けられて、下ろされて木へ向けられた。

「消えて、ゆくこと」

彼女は歌を歌うことが好きだった。
だが才能と呼べるものはなく、人の歌を真似することがただ好きだった。
それでよかった。
それでよかったのに。
生活は、それでは出来なかった。

「どうか私を飲み込んで」

その目は、何も映していないように。

「私を消してしまって」

その祈りすらも、彼女にとっては人の歌を借りた歌声だった。
それでも木は彼女を飲み込んで。
彼女は消えていった。

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