しあわせのはなし
「ああ、いちどでいいからこの海でおよいでみたい。海でおよぐことなく死んでいくぼくは、なんてふしあわせなんだろう」
もちろん、ほかの羽持つものたちには、この鳥はかっこうの笑いものだった。このひろい空をじゆうに飛ぶことができるというのに、陸と分け合うようにして地の表面に存在する海でおよぎたいなど、あまりにもばかげたことであった。
しかし、鳥はどれだけ笑われようとも、どれだけ諭されようとも、その意見を変えることはなかった。
そしてまたあるところに、いっぴきの魚がいた。魚は、青く蒼く澄んだ海を泳ぎながら、その上にひろがる空を見上げては、ため息ばかりついていた。
「ああ、いちどでいいからこの空でとんでみたい。空でとぶことなく死んでいくぼくは、なんてふしあわせなんだろう」
もちろん、ほかのひれ持つものたちには、この魚はかっこうの笑いものだった。この深い海をじゆうに泳ぐことができるというのに、すこし昇ればすぐに空気がなくなってしまう空を飛びたいなど、あまりにもばかげたことであった。
しかし、魚はどれだけ笑われようとも、どれだけ怒られようとも、その想いを変えることはなかった。
そしてある日、二匹は出会った。
「ああ、魚さん。あなたは海を泳げるというのに、空を飛びたいと思うなんて、なんてふしあわせなんだろう」
「鳥さんだって、あなたは空を飛べるというのに、海を泳ぎたいと願うなんて、なんてふしあわせなんでしょう」
二匹はふと気がついた。羽とひれを交換すれば、それぞれの願いをかなえることができると思いついたのだ。
そして二匹は、羽とひれを交換した。
「飛ぶのは簡単。思いきって空に飛び立って、あとは羽をうごかすだけさ」
「泳ぐのも簡単。思いきって海に飛びこんで、あとはひれをうごかすだけ」
二匹はいてもたってもいられず、そんな簡単な説明を早口に口にした途端、鳥は海に飛びこみ、魚は空に飛び立った。
鳥は感激した。これが海なのだと。
魚は感激した。これが空なのだと。
願ったとおり、鳥は自由に青い蒼い海の中を泳ぎまわり、魚は縦横無尽に蒼い青い空を飛びまわった。見事に泳ぐ鳥を見て、ひれ持つものたちは笑うことができず、これまた見事に飛ぶ魚を見て、羽持つものたちは笑うことができなかった。
けれどそのうち、鳥は気がついた。どうやって息をすれば良いのか、自分は知らないことに。魚に聞いたのは、泳ぎ方だけ、どうやって息を吸って吐けば良いのか、わからなかった。
気がついたときには、もはや見慣れた空は見ることができない深みへと沈んでいた。このまま息ができなければ、空が見えるところまで浮かび上がることなどできず、溺れてしまうとわかる。それでも、鳥は呼吸する方法を持たず、ただ力尽きるまで泳ぎつづけるしかなかった
そして魚も気がついた。どうやって止まれば良いのか、自分は分からないことに。鳥に聞いたのは、飛び方だけ。どうやって羽を休めれば良いのか、わからなかった。
気がついたときには、そこはもう見慣れた海の上ではなく、陸地の上だった。このままただ羽ばたくのをやめただけでは、激突するとわかる。それでも、魚は止まる方法を持たず、ただ力尽きるまで羽ばたきつづけるしかなかった。
そうして鳥は溺れ死に、魚は地面に激突して死んだ。
結局、死んだ鳥は魚に、死んだ魚は鳥についばまれて食われた。そして二匹は、跡形もなくなった。