君はまだ死ねない そのに
出来事ってのはとても唐突で、背筋がぶるっとするくらい不自然で不気味に起こる。
物語好きな僕は、物語のような夢見がちな展開が好きだ。とても好きだ。そんな浮世離れしたお花畑脳みそだが、現実はなんとか見えている。夢を夢見つつ、常識をなんとか押さえて日々をすごしていた。
夕方の後者、誰もいない教室に僕と彼女の二人きり。これなんてゲーム? って聞きたくなるくらいの好シチュエーション。胸の鼓動は高鳴って、暑くもないのに汗ばんで、視界はいつもの三分の一。呼吸は荒くて、唇は動かない。脳みそから変な物質が大量に身体に溶け出して、このまま倒れてしまうんじゃないかと思うほどに朦朧としていた。
目の前の彼女はそんな僕とは違って冷静で、淡々とした口調で言うんだ。
「お願いがあるのだけれど」
いつの間にか現実に引き戻されてしまった。
いや、いつの間にか妄想にトリップしていたというほうが正しいかも。
「あなた・・・・・・人の話聞いているの?」
ボケッと上を見て、手元に目を落とす。トレーの上に置かれたハンバーガーは暖かい。
「あ、うん。たぶん」
隣には知らない・・・・・・知らなくはない女の子が、不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。
ああ、そうか、女の子と話してる(?)ことで、妙なデジャビュを感じていたんだ。
なるほどなるほどと一人合点している不気味さと、曖昧な返事とかいろいろ加わって、きっと僕の評価はひどいくらい下なんだろうな。
「・・・・・・人の話を聞かない人は嫌われるわよ」
嫌われていなかったら僕は多分ここにいない。と思った。思ったことは現実に口に出すことはできないものだ。主に口が動かなくてだけれども。
「寝てなかったから、少しぼうっとしてしまったんだ。大丈夫、今は聞いてるよ」
睡眠不足を原因にして、言い逃れることにする。あながち間違ってはいないけれども、正しくもない。こうやって言い訳して生きている自分に嫌気が差したのはいつからだろう、多分ずうっとずうっと前から。
ハンバーガーを持って袋を開ける。久々に外で食べるわけだけれども、味覚が狂っていないか少し心配。ちゃんと美味しいと認識できたらいいのだけど。
「もう一回だけ言うよ。ちゃんと聞いててね」
一口かじる。豪快に頬張ったはずなのだが、減った部分は意外と小さくて、歪な形の歯形がハンバーガーに形成されていた。
「友達を助けてほしいんだ」
ふーん。としか言えない。
何の反応も無しにポテトを一本口に入れただけの僕を見て、彼女がすごくいぶかしんだ顔をするから、一言「聞いてるよ」と言う。
「女の子なんだけどね、いっつもぼうっとしてて、何があっても動じないような子なんだけど、一ヶ月くらい前から挙動がおかしかったの」
挙動がおかしい人間なんて、いくらでもいるやーい。
「あの子、ストーカーに狙われてるらしいの。というか、狙われてる。実際に私見たし」
彼女の挙動がおかしいわ。そんな熱を込めて言われても・・・・・・都市伝説のような感覚しかない人間にどういう反応をさせるつもりだよ。
あっという間にハンバーガーとポテトを食べ終えて、氷がやたら入ったジュースを啜る。ちゅー。擬音語だけ見たらストローと接吻してるみたいで嫌になった。先っぽ噛んでやる。
「それでナイフを買ったのに・・・・・・あなたが邪魔するからできなくなった」
いや、その発想は恐ろしいだろ。と心の中でツッコミ。実際に口に出すには労力とタイミングを失った。
彼女のナイフはまだコートのポケットにしまってある。某猫型ロボットの謎ポケット並みの収容力は無いけれど。仕事道具と称したそれは実はいろんな物がつまった夢のコートなのだ。ピッキングツールに偽硬貨、ダミー(契約してないだけ)の携帯電話などなど、いろんなものが詰まっている。
「だから、代わりにストーカーを捕まえてよ」
「・・・・・・関係ないでしょ」
「あなたの代わりに助けてあげたじゃない、隣の子を」
「・・・・・・」
「その上不法侵入まで目をつぶってあげようとしてるのよ? 恩を仇で返す気?」
「・・・・・・うーん」
昨夜の嫌な記憶がふつふつと蘇ってくる。
完璧に仕事をこなしたと思ったその夜。ふと目に入った名前でそれまで悦に浸っていた自分の心は粉みじんに割れ、身体は凍りついた。
簡略すると、実は人が違っていたのだ。鍵をこじ開けて侵入する際に、表札を確認するのを怠っていたのが原因。慌てて隣の部屋に飛び込んだら、本物は僕らの目の前で首吊ったという非常事態。なんとか僕が体を抱きかかえて死なないようにしている時に、今話をしている彼女が縄を解いて救出、暴れる自殺志願者を説得するなどといったことをして、何とか最悪の事態は免れた。
結果、僕は彼女に対して頭が上がらない。
それよりも、あんだけオレカッコイイな台詞を言っておいて実は違いましたって・・・・・・恥ずかしすぎる。
「うん、わかった。やります」
うな垂れながら返事をする。目の端で彼女を見たとき、ニヤリとしたのを見逃さなかった。
「決まりね。じゃあ今から行こうか」
眠気と、痴態から目を逸らしたいという逃避行動も伴って、瞼が重くなってきたのに・・・・・・。
「寝てない・・・・・・」
「今日行かないと、いつ大変なことになるかわからないでしょ」
半ばむりやり、座席から引き剥がされて、カンカン照りの太陽の下に引き釣り出されたのである。
電車を乗り継いで来たのは僕でも知ってるくらい有名な大学だった。彼女が、そして目的の子が通ってる大学らしい。来るまでの間にいろいろと雑談していた。
彼女が大学一年生だということ、問題の子は同学年だということ。特にサークル活動はしてないらしいこと、恨みを買うようなことはお互いしてないこと。でも「あの子けっこう可愛いから・・・・・・」から見るに何かしら付けねらわれるほどの可愛さがあるらしいこと。
今は講義中で、終わったら会わせるとのこと。
想像するにとびっきりの女の子が出てくるに違いないと無駄にハードルを上げておく。街中でみる女性の後姿に魅力を感じたら、絶対に顔を見てはいけない。希望通りだと良いが、良かったためしがないからだ。触らぬ神に祟りなし。想像は想像の範疇で留めておくのが一番であると人生で学んだ。
正直に言うと、僕はこのお願いは今日で終わりにしようと思っている。何もしらない他人だし、僕は名前も住所も彼女に伝えていないわけだから、通報されてもなんとかなる。仮にわかっても、僕に投資してくれているゴニョゴニョがもみ消してくれると思う。たぶん。
だから、僕も彼女の名前は聞いてない。もともと知らされていた名前とは違ったわけだから興味ない。きっと聞いていても、もう忘れていただろう。
大学って意外とすんなり入れるんだ〜なんて思っていたら、大きな広間に出た。食堂らしい。
「もうしばらくしたら来ると思う」
「うん」
「学食でも食べてれば? おなか減ってればだけど」
おなかは減ってないが、強烈に眠い。座ってしまうとそれが強烈に眼を覆ってしまう。
「少し寝る。来たら起こして」
「すぐ来るよ?」
「すぐ起こしてくれてかまわないよ」
物語好きな僕は、物語のような夢見がちな展開が好きだ。とても好きだ。そんな浮世離れしたお花畑脳みそだが、現実はなんとか見えている。夢を夢見つつ、常識をなんとか押さえて日々をすごしていた。
夕方の後者、誰もいない教室に僕と彼女の二人きり。これなんてゲーム? って聞きたくなるくらいの好シチュエーション。胸の鼓動は高鳴って、暑くもないのに汗ばんで、視界はいつもの三分の一。呼吸は荒くて、唇は動かない。脳みそから変な物質が大量に身体に溶け出して、このまま倒れてしまうんじゃないかと思うほどに朦朧としていた。
目の前の彼女はそんな僕とは違って冷静で、淡々とした口調で言うんだ。
「お願いがあるのだけれど」
いつの間にか現実に引き戻されてしまった。
いや、いつの間にか妄想にトリップしていたというほうが正しいかも。
「あなた・・・・・・人の話聞いているの?」
ボケッと上を見て、手元に目を落とす。トレーの上に置かれたハンバーガーは暖かい。
「あ、うん。たぶん」
隣には知らない・・・・・・知らなくはない女の子が、不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。
ああ、そうか、女の子と話してる(?)ことで、妙なデジャビュを感じていたんだ。
なるほどなるほどと一人合点している不気味さと、曖昧な返事とかいろいろ加わって、きっと僕の評価はひどいくらい下なんだろうな。
「・・・・・・人の話を聞かない人は嫌われるわよ」
嫌われていなかったら僕は多分ここにいない。と思った。思ったことは現実に口に出すことはできないものだ。主に口が動かなくてだけれども。
「寝てなかったから、少しぼうっとしてしまったんだ。大丈夫、今は聞いてるよ」
睡眠不足を原因にして、言い逃れることにする。あながち間違ってはいないけれども、正しくもない。こうやって言い訳して生きている自分に嫌気が差したのはいつからだろう、多分ずうっとずうっと前から。
ハンバーガーを持って袋を開ける。久々に外で食べるわけだけれども、味覚が狂っていないか少し心配。ちゃんと美味しいと認識できたらいいのだけど。
「もう一回だけ言うよ。ちゃんと聞いててね」
一口かじる。豪快に頬張ったはずなのだが、減った部分は意外と小さくて、歪な形の歯形がハンバーガーに形成されていた。
「友達を助けてほしいんだ」
ふーん。としか言えない。
何の反応も無しにポテトを一本口に入れただけの僕を見て、彼女がすごくいぶかしんだ顔をするから、一言「聞いてるよ」と言う。
「女の子なんだけどね、いっつもぼうっとしてて、何があっても動じないような子なんだけど、一ヶ月くらい前から挙動がおかしかったの」
挙動がおかしい人間なんて、いくらでもいるやーい。
「あの子、ストーカーに狙われてるらしいの。というか、狙われてる。実際に私見たし」
彼女の挙動がおかしいわ。そんな熱を込めて言われても・・・・・・都市伝説のような感覚しかない人間にどういう反応をさせるつもりだよ。
あっという間にハンバーガーとポテトを食べ終えて、氷がやたら入ったジュースを啜る。ちゅー。擬音語だけ見たらストローと接吻してるみたいで嫌になった。先っぽ噛んでやる。
「それでナイフを買ったのに・・・・・・あなたが邪魔するからできなくなった」
いや、その発想は恐ろしいだろ。と心の中でツッコミ。実際に口に出すには労力とタイミングを失った。
彼女のナイフはまだコートのポケットにしまってある。某猫型ロボットの謎ポケット並みの収容力は無いけれど。仕事道具と称したそれは実はいろんな物がつまった夢のコートなのだ。ピッキングツールに偽硬貨、ダミー(契約してないだけ)の携帯電話などなど、いろんなものが詰まっている。
「だから、代わりにストーカーを捕まえてよ」
「・・・・・・関係ないでしょ」
「あなたの代わりに助けてあげたじゃない、隣の子を」
「・・・・・・」
「その上不法侵入まで目をつぶってあげようとしてるのよ? 恩を仇で返す気?」
「・・・・・・うーん」
昨夜の嫌な記憶がふつふつと蘇ってくる。
完璧に仕事をこなしたと思ったその夜。ふと目に入った名前でそれまで悦に浸っていた自分の心は粉みじんに割れ、身体は凍りついた。
簡略すると、実は人が違っていたのだ。鍵をこじ開けて侵入する際に、表札を確認するのを怠っていたのが原因。慌てて隣の部屋に飛び込んだら、本物は僕らの目の前で首吊ったという非常事態。なんとか僕が体を抱きかかえて死なないようにしている時に、今話をしている彼女が縄を解いて救出、暴れる自殺志願者を説得するなどといったことをして、何とか最悪の事態は免れた。
結果、僕は彼女に対して頭が上がらない。
それよりも、あんだけオレカッコイイな台詞を言っておいて実は違いましたって・・・・・・恥ずかしすぎる。
「うん、わかった。やります」
うな垂れながら返事をする。目の端で彼女を見たとき、ニヤリとしたのを見逃さなかった。
「決まりね。じゃあ今から行こうか」
眠気と、痴態から目を逸らしたいという逃避行動も伴って、瞼が重くなってきたのに・・・・・・。
「寝てない・・・・・・」
「今日行かないと、いつ大変なことになるかわからないでしょ」
半ばむりやり、座席から引き剥がされて、カンカン照りの太陽の下に引き釣り出されたのである。
電車を乗り継いで来たのは僕でも知ってるくらい有名な大学だった。彼女が、そして目的の子が通ってる大学らしい。来るまでの間にいろいろと雑談していた。
彼女が大学一年生だということ、問題の子は同学年だということ。特にサークル活動はしてないらしいこと、恨みを買うようなことはお互いしてないこと。でも「あの子けっこう可愛いから・・・・・・」から見るに何かしら付けねらわれるほどの可愛さがあるらしいこと。
今は講義中で、終わったら会わせるとのこと。
想像するにとびっきりの女の子が出てくるに違いないと無駄にハードルを上げておく。街中でみる女性の後姿に魅力を感じたら、絶対に顔を見てはいけない。希望通りだと良いが、良かったためしがないからだ。触らぬ神に祟りなし。想像は想像の範疇で留めておくのが一番であると人生で学んだ。
正直に言うと、僕はこのお願いは今日で終わりにしようと思っている。何もしらない他人だし、僕は名前も住所も彼女に伝えていないわけだから、通報されてもなんとかなる。仮にわかっても、僕に投資してくれているゴニョゴニョがもみ消してくれると思う。たぶん。
だから、僕も彼女の名前は聞いてない。もともと知らされていた名前とは違ったわけだから興味ない。きっと聞いていても、もう忘れていただろう。
大学って意外とすんなり入れるんだ〜なんて思っていたら、大きな広間に出た。食堂らしい。
「もうしばらくしたら来ると思う」
「うん」
「学食でも食べてれば? おなか減ってればだけど」
おなかは減ってないが、強烈に眠い。座ってしまうとそれが強烈に眼を覆ってしまう。
「少し寝る。来たら起こして」
「すぐ来るよ?」
「すぐ起こしてくれてかまわないよ」
作品名:君はまだ死ねない そのに 作家名:にぼし