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白い丘

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第一章 海の聖域





 銀鈴の歌声だった。
 心地よく耳に染みとおる、歌声だった。
 ───青。
 視覚が狂っているのか、その構築している大理石が青いのか、その何もない広間には青い色が満ちている。
 まるで水底のようだ、そう思いながら彼はゆっくりと体を起こす。
 「お目覚めですか? アクエリアスの聖闘士」
 歌っていた声が、そのままに呼び掛ける。
 静寂を破りたくない、そう思いながら彼は答える。
 「ここはどこだ?」
 水に輪を描く波紋のようにゆっくりと彼の声が空間に広がって行く。
 「あらゆる太洋を抜けた底…」
 ひざまずいた女は歌うように言った。
 「ここは、海界を統べる、海皇ポセイドンの神殿…」



          *  *  *



 「冥界ではなく、ポセイドン神殿か」
 マーメイドの海闘士と名乗った女は去り。
 広間の中央、その横たえられていた祭壇を彼は降りる。
 白い死装束をまとっていた。
 セブンセンシズに目覚めた愛弟子、真の女神の聖闘士たるキグナスの氷河に彼は討たれたはずであった。
 四方に立つ柱の太さと天井の高さは、そこが並ならぬ建造物の一画である事を語っている。
 古来より、己が領地に加え地上の神たることを願いアテナに対抗して来た神々。
 天界のゼウス。
 冥界のハーデス。
 そして、海界のポセイドン。
 その神殿は開き、今、海闘士が集っている。
 「ついに、聖戦が始まるのか?」
 誰もいない虚空に、カミュは声を投げ掛けた。
 声が波紋のように広がって行くように思えるのは、ここが海底だからであろうか。
 森閑とした空気、しかし圧縮されたように密度が濃い。
 この空気が、死して別たれた肉体と魂をつないでいるのかもしれない。
 「ご気分はいかがかな? アクエリアスのカミュ」
 よく通る、威圧的な声。
 聖闘士ならば聖衣と言っただろう海闘士の鱗衣をまとったその男の顔にカミュは見覚えがあった。
 「あなたは、誰だ?」
 その顔を見たのは十三年も前のことだったが。
 「この顔を知っているか」
 男の口元に冷笑が浮かぶ。
 「だが、私はお前の知っている男とは違う。私はポセイドン様をお守りする七大海将軍の一人、シードラゴンの海闘士」
 「名は?」
 その問いに僅かにためらいを見せながら、男は答えた。
 「───カノン」
 昔、憧憬の念をもって見たケルヴィムような聖闘士、しかし同じ容姿をしながら目の前に立つ男は天使のごとき清浄さに代わり、不浄な何かをまとっていた。
 「確かに、私の知っていた人とは違うようだ、カノンとやら。聞こう、死んだはずの私が、アテナの聖闘士である私が、何故ここにいるのだ?」
 「汚れに満ちた地上を浄化されるために、ポセイドン様がついに目覚められた。水の守護星を持つお前は、ポセイドン様の偉業に加わるべく選ばれ新たなる命をポセイドン様より与えられたのだ」
 「アテナの聖闘士である私に、ポセイドンに仕えろと?」
 「その命は、ポセイドン様より与えられたもの。もはや是非もなかろう」
 カミュの冷ややかな瞳が、目の前の男を見詰める。
 「命など要らぬ。古来より我がアテナとポセイドンは敵対すると聞く。何故、アテナの守る地上をポセイドンが浄化せねばならぬのだ。いかに海皇の言葉であろうと、アテナに拳を向けろと言うならば、私は自ら命を断つ」
 その言葉にカノンの瞳に、ありありと憎悪の色が浮かぶ。
 「たかが、小娘一人に命を捧げると? 愚かな! そのアテナの力が無いばかりに聖域は乱れ、聖闘士同士で殺し合ったのではないか? 最強を誇る黄金聖闘士十二人が六人までも命を落とすなどと言う愚を犯したのはアテナのせいではないのか?」
 「では、真のアテナは降臨されたのだな?」
 「今は、なんとかと言う小娘がアテナの座に座っているだろうよ!」
 「───ならば、言うことは無い」
 白い衣を裾引かせながら、カミュはカノンに背を向けた。
 「与えられた命だ、奪うなり殺すなり好きにするがいい。だがアテナに拳は向けぬ」
 「貴様!」
 つかみ掛かろうとする己が手を、カノンは押さえる。
 「時間をやる、何が利口か良く考えるのだな」
 微動だにせぬ死装束の背にカノンは言った。
 「ティティス──」
 よく通る声が、マーメイドの海闘士を呼ぶ。
 その声もまた、幼いカミュが憧れを込めて見上げたジェミニの聖闘士と同じものだった。
 「……同じ声、同じ容姿をしていながら、これほど忌まわしい男とは」
 「なんだ?」
 「ジェミニのサガを知っているな? おまえは彼の何なのだ?」
 こちらを向いたカミュに、喜色を浮かべカノンは言った。
 「知るまい。私は双子の弟だ。兄はな、おまえ達を騙し教皇に成り済ましていたジェミニのサガはな、アテナと言う小娘の前で自らの拳で自害して果てたわ!」
 「なに!」
 「黄金聖闘士など馬鹿ばかりだ。己のもつ神にも等しい力の、使い方も知らぬのだからな」
 再び背を向けたカミュにカノンは狂笑を浴びせた。
 しかし、炎のような赤銅色のカミュの髪はやはり一筋も動かなかった。


          *  *  *


 ───十三年前、行方知れずになったサガが、教皇に成り代わって聖闘士たちを欺いていたと?
 ───アテナの前で自害したと?
 ───星さえ砕く強さと類い希な優しさを持っていた、あのサガが?
 微かな動揺が走る。
  しかし、カノンから聞かされた聖域の事態を把握し判断するには、カミュには情報が足りなすぎた。
 だが、真のアテナが降臨されたと言うなら、もはや憂わねばならぬ時は過ぎたのだ。
 あるべからざる疑惑、降臨したはずのアテナの存在の是非を問うための戦いをカミュら十二宮の黄金聖闘士達は戦った。
 それは、彼ら聖闘士たちの存在する意味の是非を問う戦いでもあった。
 「逃げぬのですか?」
 思索に落ちるカミュに、尾ひれで水面をたたいて舟人をからかう人魚そのものにマーメイドの海闘士が呼び掛ける。
 ───この人魚の、癖のある長い金の髪と青い瞳はとても身近な物に思える。
 死を知った者の微笑、そんな不思議なほどに穏やかな笑みを浮かべてカミュは言った。
 「ポセイドンが、まだ地上侵攻を始めていないのなら、それこそ、おまえ達の思うつぼだろう与えられた命であれ何であれ、私はアテナの聖闘士だ。ここで騒ぎを起こせば、ポセイドンがアテナを攻めるきっかけを作ってやるようなものだ。」
 刃向かえば、ポセイドン様の地上侵攻のきっかけが作れる、従うなら、さほど大地を傷付ける事なく地上をポセイドン様が支配出来るだろう。
 そう言って、アクエリアスの聖闘士をよみがえらせる事を進言したシードラゴン。しかし、そのたくらみは今はどちらもついえている。
 ───あまりにも見事だわ。
 心中でティティスは笑った。
 どこか得たいの知れぬシードラゴンを快く思っていないこともあったが、それは人魚のいたずら心がくすぐられたからだった。
 窓際によったカミュの髪に外の光が当たる、地上でならば金色に輝いたであろう赤銅色の髪は水底の淡い光の色と青い広間の色との間で七色に燃え立って見えた。
 北の海も、人魚は知っていた。
作品名:白い丘 作家名:葉月まゆみ