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歯車一つとふたが閉じる音

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「お、弟は、」

駄目ですもう助かりません、お願いですからここからお出にならないでください。

_______殺されます。

ああしっかりしろ、ほら、首筋から血が。

_______あいつらの剣にやられたんだな、なんてこった。




「兄上、兄上は時々妙な気分になりませんか?大きな歯車の中の、
自分たちもその一つか、もしくは私たちは大きな檻の中にいて、そこから決して
出られないような。ああ、何も心配するようなことはないのですよ兄上。
ただ、聞いてみただけです」

快活で陽気で美しい弟は、眉を曇らせた兄に慌てて言った。

「くじいた足が痛むから、そんなことを考えたのだろうって?あの天使のように
美しい女性が主のもとへ召されたから、そんなことを考えるようになったんだろうって?
そうかもしれませんね。でも兄上、私は大きな檻の中にある大きな機械の、
その小さな歯車の一つのような気がするのですよ。
あなたもです兄上、あなたも歯車の一つかもしれません。
でも私よりずっと立派な歯車なのは、まあ、間違いないですけど」

そう言って弟は、顔を歪めて笑った。

「おや、弟さんが居られないようですが」
「いや、もうしわけない。あれは今日、身体の具合が悪いのです」
「そうですか、いやそれは残念だ」

にこやかに談笑をしつつ、兄は先ほど弟と交わした会話のことを
思い出していた。目の前にいる、この連中も歯車なのだろうか。
そうぼんやりと考えていると、不意に主賓が「この国一番の教会のミサに
出席したい」と若者らしい無邪気さで言い出したので、兄は会話を
頭から追い出した。


「パッレ!パッレ!裏切り者に、死を!」


弟の死体を抱えてむせび泣く母親の声を背中で聞きながら、
兄はバルコニーで、暴動が凄まじい勢いで広がっていくのを見ていた。
怒り狂った民衆は、首に包帯を巻き、沈黙している彼を見て満足している。
犯人達は捕らえられ、死に至る凄絶な暴行を群衆から加えられた。
主犯格の男が持っていた、あの壮麗な宮殿は土台の影すらない。
目の前を、槍の先に突き刺さった生首が通り過ぎていく。



『兄上、あなたもまた歯車の一つなのですよ』



窓から吊るされた男を見ながら、ロレンツォ・デ・メディチは、大きな檻のふたが
ぱたんと閉じて、連なった歯車が勢い良く回りだした音を聞いた気がした。

それは、法王シスト四世との間で戦争状態となったロレンツォが、
君主としての力量を発揮し、荒れ狂うイタリアの中で歴史の一ページを
刻むきっかけとなった音だった。