限り無く夢幻に近く
夢幻
そこで俺は目を開けた。
気がつくと世界が揺れていた。見渡す限り薄紫色の世界。勿論それは風景そのものの色ではなくて、窓の外からの日差しが辺りをその色に染め尽くしているだけだった。
ふと顔を上げる。真向かいに座る少年が黙ったままこちらを見ている。彼は俺を見てふわりと微笑う。
「おはよう」
この空間独特の雑音の中、夢と現実の間で霞んだ目を擦る。それで何が解決出来る訳でもないけれど、纏わりつく睡魔を振り払うにはそれしか手段がない。
「おはよ。どれくらい眠ってた?」
なんてくだらない質問だろう。全くもって意味が無い。それでもアキトは答えてくれた。
「さぁ……体感としては三十分くらいじゃないかな?」
「体感、ね」
窓の外に目をやる。橙色に染まった田園風景がどこまでも広がっていた。
ガタゴト。
時計に頼るのはやめた。どうせ役に立たないからだ。それに、見なくとも分かる。眠る前と太陽の位置が同じ。
「変化なし?」
「残念ながらね」
その顔はどこか諦めに似た気色を浮かべていた。試しに腕時計を確認する。何のことはない。やっぱりデジタル表記は16:59をさしたまま。
視界がぐらりと傾いで、ちょうどカーブに差し掛かった。田園の淵を沿うように大きく曲がると後ろに連なる車両が見えた。俺は首を巡らせ、進行方向と後続車両とを確認した。
そして、ふっと息を洩らす。キリがないというのはこのことを言うんだろう。
乗車しているはずの、連結した車両には終わりがない。
いつまでもいつまでも、途切れることなく。
俺は立ち上がった。窓に張り付いて、どうにかして最後尾を見ようとした。でも、見えないんだ。
それは前にも後ろにも、その果てが霞に紛れるほどに長く長く続いているのだった。
「また少し歩こうか?」
諦めて腰を下ろす。途端にまた目蓋が重くなる。ふわふわした揺れと、視界いっぱいの安定した単調さが眠気を呼び起こしていく。
「いいよ。眠いなら、存分に寝ればいい。どうせ急いだって変わらないんだから」
「それも、そうだな」
頷くとアキトは笑った。見慣れた人懐こい笑みで。
「うん。だから、おやすみ。ツカサ」
その呼びかけを合図に、俺は再び夢の境目に落ちていった。