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月の光に似た君へ

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***




それから帰り道でディーノが驚いたのは、昨日あんなにも苦しめられた路地裏の正体だった。
入り組んだあの回廊(だと思っていた)は、明るい光に透かしてみてみれば円状に繋がった洞窟の連続で、プラチナはここを行ったり来たりの繰り返し--------つまり往復や横道を使ってのトリックまがいの方法で、ディーノを撹乱させていたのだった。
まさに猫らしかぬ機転と応用力だ。まったく腹立たしいばかりに!

ぶちぶちと文句を垂れながら、明けたばかりの空の下を歩く。
まだ出歩く人間も少なく、自動車の排気で汚れていない空気は清清しい。
思えば睡眠をとってないにも関わらず、何故か気分は良かった。
昨日はあれだけ(いろいろなことに)体力を使ったのに、疲れも全く残っていない。
それどころか、まるで良質な睡眠を取った後のように身体が軽い。
はて?と首を傾げつつ、折角なのでパン屋で焼きたてのパンを朝食代わりに購入してみる。
多めに買ったのは気分だ。(食いきれなかったら部下への土産にすればいいんだし)

カツカツ。
昨日よりもリズミカルに歩を進めつつ、早朝の広場を横切った。
美しく整備された噴水が朝日を弾いて煌いている。
ボンジョルノ!朝の挨拶は爽やかだ。
新聞配達の青年も、ジョギングしている老人夫婦も、犬の散歩を楽しむ淑女のお連れも。
皆、美しい一日の始まりを知っている。誇りを持った顔で返事を返してくれる。
カツカツ。
近付いてくる背後の気配に向かって、ノリで振り向く。ボンジョルノ!


「…はあ?何言ってんだおまえは…」


ガラガラガラリ。
世界の崩壊の音が聞こえる。
朝の清廉な空気は、目の前の不機嫌な面によって淀んでいく。
何でお前がいるんだよ。なんでよりによって今日、ここで、今!!!

泣きたい気持ちで俯いた俺に向かって、不躾な遠慮のなさで近付く気配。
身を引く前に腕が伸ばされ、抱えていたパンの一袋を掻っ攫われる。

「もらってくぜぇ」

「な…!!!」

ニヤリ、と。笑っても尚人相の悪い表情で、歩みの方向はそのままに俺の前をすり抜けていく銀の髪。
さらりと流れたその軌跡に、衝動。あの時飲み込んだはずの音。響く老婆の言葉。
(言葉にしないのがどれだけ無意味なことか)


「スクアーロ…」

呟いた声は弱く、しかし仰いだ先の、黒いコートを纏う肩が一瞬揺れて横顔がこちらを向く。
----猫のように、ちらりと。

「…ケチケチすんなよ。いくらへなちょこでもファミリーのボスやってんだろお?」

「っこ…これは自費なんだよ!ていうかへなちょこって!」

向けられた視線に跳ねる心臓を一喝して、何とか言い返す。
もうガキじゃねえんだから、と言いかけたところで、トントン、と頬を指されてハッとガーゼに覆われた左のことを思い出した。(間抜けもいいとこだ)
ケチくせえなあと呟いた彼の声色に、どこか懐かしい響きが含まれる。

「ま、借りは返すぜ。そのうちなあ」

ごっそさん。
不似合いにも朝日を背負った黒服の男が、
これまた不似合いにパンの袋を抱えて、噴水広場を後にする。



ディーノは思う。
昨日のあの路地裏から、今この瞬間までは夢や幻なのではないかと。

猫の鳴き声、鈴の音。
老婆の穏やかな話し声。
煎茶の味も羊羹の色も、干菓子の造形も。
覚えてる。耳に目に、残っている。

朝の空気、噴水の煌き。
パン屋の香ばしい香り。
ほんのり残る温かい温度に、現実はここにあることを理解した。



「…ざけんな、嘘つき」



それは、その言葉は。
学生時代のお前の常套句だったろう。

思わず熱の上がった顔を、残ったパンの袋で隠した。
情けない。カッコわるい。

だから男は嫌なんだ。

----


あれから、そのまま広場でパンを黙々と食べ、屋敷に戻ったのは結局、日も昇りきった頃合になって(言い訳が大変だった。こいつらちょっと過保護すぎねえか)、その間に溜まってた仕事をようやく片付けられたのは、日付も変わろうという頃だった。


「ふー…」

ギシ、と革張りのソファに深く身体を預ける。
傍らで書類整理を手伝ってくれたロマーリオにも労いの言葉を掛け、スーツの上着を脱いで寝室に足を進めた。

「…色々ありすぎたしな」

疲れた。
小さく呟いてベッドに倒れこむ。
今思えば、あの路地裏の出来事は軽い怪奇だ。部下達に話しても笑ってからかわれるだけだったが。
できればあの老婆にはもう一度会いたい。-----それから、あの猫にも。
『プラチナ』を思い出すとき、ふと「彼」が重なる。
毛並みの色、眼差し、横顔、佇まい、そしてゆらゆら揺れる尻尾は、伸びた髪の軌跡を連想させる。

「…会いたい」

たった一度の禁忌は、じわじわと胸を蝕んだ。
あの時。互いに別のものを選んだ、あの瞬間から。きっと互いに忘れた振りをしていたのに。







あいたい。







花も言葉も、時間のひとかけらですらも、捧げられない人だけれど。
一世一代、他のなにを犠牲にもできない恋だけれど。

作品名:月の光に似た君へ 作家名:しぐま