たゆたう君へ
静寂の只中にあった部屋に、シャッター音は思いのほかよく響いた。
誰かに聞き咎められるのではないかと周りを見るが、誰もいない。
何本も焚かれた線香が、そろそろ灰だけになろうとしていた。
緊張から詰めていた息を、ようやく吐き出した。肺は酸素不足を訴えており、しばし深い呼吸を繰り返す。
一度見てしまうと、目は釘付けになった。生前とあまりに変わらぬ姿に、手で触れて確認したくなった。
本当にこの身体に命はないのだろうか。呼べば起き上がりそうな程に、そのままの姿だというのに。
誰にも見つからぬよう、カメラを抱え、そっと玄関の扉を開ける。勢いをつけて、一気に坂道を下る。足はもつれ、何度も転びそうになる。
早く速く、もっと急がなければ。車で連れて行かれてしまう。その前に。
ザザッと、いつもと変わらぬ波音が耳に届く。やっと、息をついた。汗の流れてくる額を拭い、一枚青い水面を写した。
そしてカメラから、巻き取ったフィルムを取り出す。躊躇することなく、それを思い切り振りかぶって、投げた。
それはチャプンと軽い音を立てて海に一度沈み込む。
すぐに浮き上がってくると、波の蠢くままにたゆたう。
戯れているつもりなのだろうか。弄ばれているのだろうか。
こちらを気にして進めないようにも見え、自由気ままに波を楽しんでいるようにも見える。
それでも、徐々にではあるが、沖へ沖へと遠のいていく。
なんだ、こんなに簡単なことだったのか。
フィルムがただの黒い点にしか見えなくなった頃、携帯電話を取り出して、メールを打った。
「また、いつか」
伝わるだろうか。ねぇ、君。