ひかり
そんななかのあるひとつ、お月様のすぐそばに輝く星は、お月様が大好きでした。雲のない夜には、時折言葉を交わし、星は嬉しさにぷるぷると震え、その輝きを一層増すのです。
そんな星を、お月様は少し心配しながらも優しく見つめ、他の星達もそっと見守っておりました。
ある日の夜のこと。その夜も、風や雲が空で遊ぶこともなく、静かな宵でありました。そんな夜の常で、星はお月様をじいっと見つめ、ため息をつくのです。
「お月様。貴方は今日も、いつものようにとても綺麗に輝いておりますね」
「私からは、貴方もとても輝いて見えていますよ。私だけでは、ありません」
お月様は優しくお答えになりました。実際、その星はお月様の側でもきらきらとよく見える、星々の中でも明るく輝く星だったのです。けれど、星は首を振ります。
「いいえ、いいえ。確かに輝くだけならば、私も、他のみんなもそうでしょう。けれど、貴方の光は、特別なのです。他の誰がなんと言おうと、私にはそうなのです」
熱心に言葉を重ねる星に、お月様は恥ずかしそうにふるりと身を震わせ、そして、
「それは、貴方がお日様を見たことがないからでありましょう」
諭すように、仰ります。
「おひさま、ですか?」
「そうです。お日様の光は、私など足元にも及ばぬほどに、それはそれは美しいのですよ」
にこり、と微笑うと、お月様は星に仰りました。
「今の時期ならば、沈む時、お日様のことが見えるでしょう。明日、日があける頃、精一杯背伸びをしていらっしゃい」
星は半信半疑でした。大好きなお月様が、嘘をつくとは思えなかったのですが、お月様より輝き、美しいものがあるとも思えなかったのです。
「兎に角、一度見てみなければなりません」
今か今かと、星はつま先で立ちながら、お日様が昇ってくるのを待ちました。お月様が少し先に隠れ、朝の近い夜空には、星達だけが残されます。その小さな光を、星はけして嫌いではありませんでした。それもまた美しいと思っておりました。ただ、それよりも尚、お月様のことが好きだったのです。
そして、朝がやってきました。星は殆ど沈みかけていて、背伸びをし、頭だけが何とか空を見つめております。
「嗚呼、もう沈んでしまう。お日様はまだいらっしゃらないのでしょうか」
星の目に涙が浮かんだ頃、目映い光が辺り一面を照らし出しました。ぼやけた目を慌ててこすり、星はしっかりと目を見開きます。けれど、眩しさにすぐ手で覆ってしまいました。
「この光は何でしょう?これがお日様なのですか?」
「おや、私の名を呼ぶのは誰です?」
背伸びして頭だけを出し、眩しそうに目を手で隠している星を見つけると、お日様はころころとお笑いになりました。
「そこの貴方。貴方はもうお休みの時間のはずですよ。何をしているのです?」
「お日様を待っていたのです」
少しずつ目が慣れてきた星は、目から手をはずし、けれどまだ少し薄目でお日様に向き合いました。
「お月様が、お日様の光は何より輝いているのだと仰ったので、拝見したくて」
星の言葉に、お日様は再び笑いました。
「まあ、まあ、私もお月様も、そして貴方たち星も、輝いているに違いはありませんよ。その仕方が、ほんの少し違うだけです。
さあ、もういいでしょう。貴方はもうお休みなさい。また夜になれば、貴方も夜空を照らさなくてはならないのですよ」
お日様はそう星に告げると、その目映い光で星の頭をそっと撫でられました。
それは、暖かく、力強い光でした。
その心地よさに星は目をつむり、夢の中へと落ちてゆきました。
夢のまどろみのなかで、星は思いました。お日様の光は、確かに何より目映く、力強く、すばらしいものでした。いつもいつも見つめていた、お月様の光よりも明るいものでした。
「けれど」
自分に向けられていた、優しい視線を星はよく知っています。闇をほのかにたたえ、すべてを静かに照らす光を、星は誰よりも愛しておりました。
「嗚呼、お月様。お日様の光は、確かに素晴らしいものでした。嗚呼、けれど、けれど」
星は呼びかけました。良い言葉は見つからず、つっかえてしまいながらも、懸命に。
「それでも私は、貴方の光が何より愛しいと思うのです」
夢の中のお月様は、優しく微笑まれました。
そして星は、次にお月様にお会いしたときも、きっとそうして優しく微笑んでくださると、確信していたのです。