満月ロード
「さて…。出かけるか」
「魔王。これを」
「外、寒いか?」
「冷え込み始めています」
「そう」
シェイルは、黒いロングコートをそっと肩にかけてくれる。
その手付きがやさしく、そこが女にもてるんだろうなと、ほほえましくなる。が、優しく見えるシェイルでも、魔物だ。いったん戦闘態勢に入ると、相手が死してもなお、切り刻もうとするしつこい性格をしている。
以前一部の魔物が、魔王を殺す。という計画を目論んでいた輩たちがいるという情報をアマシュリから聞いた俺たちは、敢えて気付かないふりで魔王に面会を要求してきた計画者たちを入れ、牙を向けてきたところを、シェイルが片を付けた。
俺がやりたかったというのに、立ち上がる暇を与えずに潰した。
争いを見慣れているアマシュリもその場に立ち会っていたが、その恐ろしさに足を震えさせていた。
大丈夫だと慰めてやったが、アマシュリにとってのトラウマとなってしまったみたいで、今でもシェイルと関わる時は、かなりの緊張を見せていた。
「じゃあ城を頼むぞ」
「魔王…私を置いて行くのですか?」
「バーカ。お前まで連れて行ったら、城を誰に任せればいいんだ? そこらへんの魔物に占領されても面倒だろうが」
「…そうですが、ここにはヴィンスもリベリオもいます」
「一応だよ。確かにあいつらだってそこらの魔物よりは強いが、何かあったら困る。だから、シェイルが城とここの者たちを守ってほしい」
「…わかりました」
「大丈夫だって、(城を中心に)東西南北にある洞窟にいるドラゴンたちには近寄らないからさ」
「あたりまえです!」
いつもシェイルには無理を言っている自信はある。
城を抜け出した時も、相当叱られる。
どこかへ出かけるときは、いつもついてこようとするが、魔王の俺よりもイザコザを大人しくさせるためにシェイルを向かわせるものだから、シェイルのほうが魔物には有名となってしまった。だからこそ、一緒に連れて歩くと魔王だとばれてしまう。
それに、この城に仕えているもので、一番力を信用できるのがシェイルだった。だからこそ、留守の間はここを護っていてほしい。
シュンとしてしまったシェイルの頭に、背伸びをして手を乗せる。
「すまないな。何かあったらすぐに俺を呼びつけろ。どんな些細なことでも報告をしろ」
「はい」
「長く離れはしない。戻ったらシェイルも自由に街を歩いてこい。休みだ」
「いいえ。私はあなたのお隣に」
「はいはい。それは戻ってから考えようか」
「はい」
入口までお送りしますと言ってきかないシェイルを説得し、魔王の間で別れ、長い通路を足音を鳴らしながら歩いた。
すると、奥から料理人のリベリオが、楽しそうな顔で食べ物が乗ったカートを押してきていた。何か出来たのだろう。
「あ、魔王! もしかしてどこかお出かけですか?」
料理に命をかけているリベリオは、人間容姿25歳でシェイルと似ている身長。姿かたちは、落ち着かない感じで、人間で言う「チャラ男」。だが肌は白く、白い髪は癖っ毛で肩にかからないくらいの長さで、あちこちにはねている。綺麗な顔つきをしているくせに、表情が豊かなおかげでとっつきやすい。
いつもおいしい料理を作ってくれて、料理人の中で一番気に入っているし、城の料理人の中でも人気がある。ご飯の時間以外は、なんだかんだとパンだのスイーツだの作っては、持ってくる。
今もその状況だったのだろう。
「あぁ。今日は何を作ったんだ?」
「スイートポテトと、ジャンボイチゴケーキ。フォンダンショコラに抹茶パフェです」
と、ボリュームと組み合わせが痛々しいのが玉に瑕。
「そうか。残念だが、シェイルとともにみんなで食べていてくれないか?」
「魔王様…食べて行かれないんですか?」
口に指をくわえ、甘えるポーズ。
175以上ある身長の持ち主がやっても、一切可愛くない。
「す、すまないな」
「いえ…。いつお戻りに? シェイルは出かけることご存知ですか?」
「知ってる。戻りはわからん。何かあったら呼びつけろ」
「呼びつけろだなんて…。お城に何かありましたらすぐに報告します…」
「あぁ。そうしてくれ。珍しい食材があったら持って帰るよ」
「はい。ありがとうございます」
にっこりほほ笑むリベリオは、少しだけさびしそうな瞳を見せる。
「あ、あの…魔王?」
「ん?」
「お気をつけてくださいね…」
「ありがと」