深海魚
太陽の光を忘れてしまうんじゃないかとおもうぐらいに暗い深海。
でも、そこはまわりがはっきりと見えた。
音のない世界。
とても安らげる空間だ。
私は深海に一人、ふわりふわりと不安定に浮いていた。
たまに、私の上下左右、周りに恐ろしい顔をした、けれど優しい深海魚たちが優雅に、そして静かに通り過ぎてゆく。
深海魚たちが作った海流はそっと私の頬を撫でる。
それが心地よくて、目をつむった。
ふわり、ふわり。
心地いい流れ。
ふと目をあけると、視界いっぱいに、太陽の光があふれた。
まぶしい、そうおもった後に、体は勝手に動いた。
光に向かって腕をのばす。
手をめいっぱい広げる。
指先をピンと張る。
光をつかみ取ろうとする、深海魚のような私。
太陽の光がどんどん遠ざかっていく。
ぼこぼこと泡を出して息をする。
助けて!助けて!そう必死に叫んだ。
私は深海から出たかったのだろうか。
暗すぎる空間が嫌だったのだろうか。
音のない世界が嫌だったのだろうか。
恐ろしくも優しい、深海魚が嫌だったのだろうか。
わからなかった。
とにかく必死に、助けて!と叫んだ。
助けて、という言葉は泡になって水面に届くのだろうか。
それとも途中でなくなってしまうのだろうか。
「助けて!」
がば、と飛び起きた。
横で手を握ってくれている私の愛しい人。
ぎゅう、と握られた手は暖かく、私を安心させた。
「何から助ければいい?」
「え?」
「助けて、って言っただろう?」
その言葉で私は深海から掬われて、救われた気分になった。
深海魚の私は、陸にあがることができた。
深海魚の私を彼はヒトに変えてくれた。
そばにいてくれるだけで安心させてくれる優しい存在。
私は、彼のそばにいたい。
「何から、助ければいいんだ?」
微笑んで、寝言のような言葉にも優しく答えてくれる。
その優しさに涙が出そうになる。
あぁ、そうだ、私が嫌だったのは、彼がここにいないことだったんだ。
「あなたが、そばにいるだけで、私は、救われるよ」
「そばにいるだけでいいのか?」
「うん」
「そう」
じゃあ、と言って彼は私を抱きしめた。
「こうすれば、もっと、もっと近くにいられる。だろ?」
「…うん。ありがとう」
優しい涙がぽろぽろこぼれた。