麻薬と麻酔
僕の首はきっと堅いんだろうな。
ぐ、と指に力を入れながら思う。
真っ青な空の下、二人で歩いていると君は言った。
「この空に溶けたいな」
繋いだ手のひらはとても冷たかった。
「そうしたらさ、全てが許されるかな」
何も言えなかった。
何も言いたくなかった。
何かを言う資格さえ、僕には無かった。
ふふ、と笑う君を見て僕は思った。
嗚呼、こんなにも遠かったのか、と。
近くにいると思っていたのは僕だけか、と。
誰もかも消えてしまえばいいと思った。
僕と君だけでいい。
君だけいればいいのに。でも君は違う。
君はいつも僕ではない誰かを求めている。
僕しか見なくてもいい。
僕以外は見なくてもいい。
ぎし、とベッドが軋んだ。
君の上に馬乗りになりながら静かに涙を零す。
ぽた、ぽた、と雫が君のほほに落ちる。
「どうして泣いているの…?」
首に手をかけられたままの状態だというのに君はいつもと同じ様子で微笑んだ。
気がつくと僕は血が出るくらい唇を噛みしめていたようで、涙と一緒に君の顔へ零れていく。
僕の血で汚れた顔はとても綺麗で。
また、どうしようもない涙が溢れた。
「ねえ、歌って」
君は歌いだした。…どこかで聞いたことがある歌。
「そ、れ…」
君はにこ、と笑うと一緒に、と目で促す。
僕はつられるようにして口ずさむ。
「覚えてたん、だ…っこの歌…っ…」
「当たり前でしょう。俺と君が初めて出会った時の歌なんだから」
「っ…ふ…ぇ…ごめ…ね、ごめ…」
僕の頭を優しく撫でながら微笑む君は、全てを理解しているかの様に
「…俺が悪かったね。君にきちんと伝えないから。悪いのは俺だ。謝らないで?」
「き、君…は、どうやったら…っ僕の、ものになって、くれます…かっ…?」
「…雨が降りそうなくらい曇ってた日にも君は言ったね。あの日は寒かったなあ。…6月18日金曜日だった。ふふ、そこまでは君も覚えてないでしょう?…俺は全部覚えてる、君との事なら全部、会話も、仕草も、出かけたことも、読んだ本も、飲んだものも食べた物も。……俺はもう全部君のものなんだよ…?………だからそんな不安そうな顔しないで」
君は少し小さいけれどとても暖かいてで俺の顔を包んだ。
いつの間にか僕の両手はその手に添えられていた。
「…大好きだよ…君も俺のこと大好きでしょう?」
悪戯じみた笑みを零す君にそっと口付けた。