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タイムマシンの話 その1

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涙を流さなかったのは奇跡に近かったと男は思った。

 ついに完成したのだ。今日という日のために人生のほぼ全てを懸けたと言っても過言ではない。長年の成果が今、確かに、目の前にある。男は皺の目立つ針金のような指をぺたりと冷たい機械に張りつけ、震えそうになる身体を必死に抑え込んだ。
 彼が研究していたのは時空を飛び越える方法。幾度も挫折を味わい、長い時を費やし、男は今この瞬間、それを可能とする機械を生み出すことに成功したのだ。

 男は振り返る。初めは多くの仲間がいた。いたはずだ。いただろう。喜びの内に記憶が曖昧にぼやけそうになるが、確かに、いたはずなのだ。
 しかし仲間たちは一人、また一人と消えていき、杳としてその行方は知れない。おそらく先の見えない不安と度重なる挫折に嫌気が差し、気まずさから自分の前から姿を消したのだろう。
 結局、最後まで残ったのは彼一人だった。
 仲間たちが消えていく中、彼だけはとりつかれたように研究に没頭し続けていた。
 男は笑う。今この瞬間、自分は彼らの中で誰よりも優れた存在であると証明されたのだ、と彼は確信した。

 さて、と息を吐く。
 この偉業を公表する前に、まずは試してみなくてはなるまい。生きる目的を見失い惰性で生きているだけの世の中の連中に、目に物を見せてやるのだ。
 はやる気持ちを抑え、男は意気揚々と機体に乗り込んだ。移転先はひとまず過去にしておく。自分が生まれるよりもずっと、ずっと昔に。

 稼働音と振動。ふっと身体が浮かんだような感覚に眩暈を覚える。しかしそれは一瞬のことだった。

 一瞬前まで無人の研究室にいたはずなのに、何やら外が騒々しい。間違いない、時空移転が成功したのだ。彼は歓喜の雄叫びを上げながら外へと飛び出し、その瞬間大きな槍で身体を貫かれた。
 目の前に広がっていたのは遥か昔の戦場だった。
 絶命する直前、彼は自分が他の仲間たちの誰よりも劣っていたのだということを理解し、最後の失踪者となった。

 涙を流さなかったのは奇跡に近かったと男は思った。