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涼の風吹く放課後 お試し版

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プロローグ/異性装のイカロス



 普段通りを装いつついつもの神社の境内に足を踏み入れた俺を、いつもとは異なる光景が待ち構えていた。日本の神を祀る場所に降り立った、あたかも古代西洋の神の子のような美しい少年が、白い翼を拡げていまにも飛び立たんばかりの勢いで舞を舞っていた。
 普段とは段違いの気迫に押された俺は、彼が一曲踊りきるまで息をのんで見守るのみだった。そして、踊りきった彼は、息を整えながら俺に向かい、こう言いだした。
「僕、決めたんだ。今すぐ挑戦してみる。」
「今すぐって、つまり…?」
 俺は、その意味をある程度把握はしていたが、涼の決心を確認するために問いかけた。
「今まではこの方法を使いたくなかったんだけど、もう、そんなこと言ってられない。イトコの律子ねえちゃんを頼って、事務所に紹介してもらって、アイドルを目指してみる。」
 彼は、いつものように真っ直ぐで、しかしいつもと違う迷いの消えた視線を俺に向けながら、こう言い切った。普通なら現実感の全くないこんな願望を、真っ直ぐに表現しても、劇を演じているかのようにしか見えない。しかし、彼の身体の内側から溢れ出てくるような、恐らくは無自覚に放たれている輝きは、その非現実感を払拭してしまう。
 そんな彼の姿を見て俺は、何か言ってあげなければと思いながらも、言うべき言葉が見つからなかった。雲の上の世界に飛び立ってみたい、そんな言葉を真剣に言われたとき、何と返事してやれるだろう?

 白い翼の少年は、俺の友人の秋月涼だ。いつもなら、放課後に一旦帰宅してサッカーウェアに着替えてから、彼の自宅からほど近いこの神社の境内でダンスや歌の練習をしている。しかし、この日の涼はいつものようにグリーンのサッカーウェアに着替えておらず、制服のまま、白いYシャツの胸元と裾をはだけさせて懸命に振り付けの練習をしていた。
 俺に決意を告げたあと、絶句している俺をよそに涼は一心不乱に練習を再開していた。涼のはだけた胸元に汗が光り、涼の胸元を滴る様は、本人にそのつもりが全くないのはわかっているのだけど、とてもなまめかしく感じてしまう。その姿につい見とれているうちに、涼がくるくるとターンを回ると、涼の着ている白いシャツが再び、白い羽根を拡げているかのように見える錯覚を覚えた。
 俺はそんな涼の姿を、見守ると言うよりぼんやりと眺めながら、その日に起きた『事件』を思い返していた。