小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

愚かな青年は化物と踊る。

INDEX|1ページ/1ページ|

 
「や。」
路地裏にいる青年に対してひらひらと手を振ってみるが、首を傾げるだけで反応が乏しかった。
「ちょっと、聞いてる?」
横に座って肩をぱしぱし叩けば、思い出したように振り返ってきた。眼はぼう、と虚ろなままだったがこちらに気付いたのだろう、にへらと笑ってきた。手のひらに薬剤のシートを握っているし、薬を飲んだばかりで意識が混濁としているのかも知れない。
「あ、こんにちは」
年齢にそぐわない無垢すぎる笑みを浮かべてられて倒錯を覚えた。薬でここまで狂うだなんて面白くてたまらなかった。しかも、この青年は犯したい位に愛おしいのだからその感動もひとしおだ。
「元気してる?」
「……うん。そっちは?」
「あー、俺ならいつも通り。家には帰ってる?」
「かえってない」
その話はしたくない、と言わんばかりに眼を逸らされてしまったので、機嫌直しにと頭を撫でてやれば簡単に機嫌を直してきゃらきゃらと笑い始めた。元々頭の中は破綻していたけれど、最近は薬物を投与してからすぐの幼児衰退が悪化しているようで、小さい子と話しているようなずれた会話しか成立しなくなっていた。無論、薬物が抜け掛けた時にはある程度は普通に話せるけど、でもやっぱり破綻していた。
「親御さんは?」
「いいよ。きっと僕なんて気にしてない」
だから、ここにいるの。と薄暗い路地裏とくすんだ色をした喫茶店を指さした。町から一歩ずれた、日の光が乏しいここは、世間から見捨てられた人や世間を見捨てた人ばかりだ。道端には俺達がカモにしていた中毒者の成れの果て(金銭を持っていないので売らない)がいるし、喫茶店には自殺志願者や鬱患者、とりあえず普通から一歩踏み外した人たちばかりなのだ。そして、隣にいる青年は飛び切り異常だった。
「そんな事ないと思うんだけどなぁ」
某有名企業の長子、折り紙付きの元おぼっちゃまである。彼の父が首一つふれば、法律の一つや二つは改変されるかもしれないレベルの方の血を半分受け継いでいるのだ。
「だって会いたくないもん」
首をふい、と振って背けてしまった。そして酷く大人びた嘲笑を浮かべながら口を開く。
「だって、もうやめるつもりだったのに、また、飲んじゃったから」
合わせる顔がないよ、と俯いて話していた。そんな事を俺に話すのは、彼はクスリが俺経由で回った事を知らないからこそ、だ。
「また、貰っちゃったのかい?」
「そう、しかも食べちゃった」
手に握り締めていたシートを見たくもない、といったように路地に叩きつけていた。(それを辺りにいた中毒者が我先にと拾っている。全く愚かな集団だ)肩をぶるぶると震わせて、またクスリに手を出してしまった、もう戻れない、と怯えていた、まるで小動物のようで無意識に抱き締めていた。
心臓が溶け合って一緒になってしまうのでないか、という程に抱き合えば鼓動がビートのように響いてきた。
「クスリなんて、もう止めたいよ、やめて家に帰りたい、ただいまって言って玄関に入るの。助けて、助けてよクロスさん。僕はどうしたらいいのかな」
なみなみと涙を浮かべた目を此方に向けて彼は懇願してきた。呼ばれる名前に便乗するように、懺悔を聞いている気分になる。
「もう、やだよ。こんな風な、ずっと路地裏だなんて、やだ、よぉ……」
頭を俺の肩に擦り付けてきてから、涙でスーツが濡れてしまったかもしれない。いつもなら、彼じゃなかったら顔を引っ剥がして殴る蹴るの暴行に及ぶのだが、彼にはそんな野蛮な事は出来やしなかった。
「……クスリを抜く方法は知ってるよ。でも決して楽なんかじゃないし、きっとクスリ続けた方がマシだ、って日が来ると思うよ。……それでも、いいの?」
問い掛ければ眼をキラキラと輝かせてから、頬に涙の筋を残しながら満面の笑みを浮かべた。
「ほんとに治るの? じゃあ、なおしたいよ、それで、家に帰りたい!」
頬を拭ってから、その指を舐めれば薄く塩っぽい味がした。たまらなくなって直に頬を舐めてしまうと、くすぐったいよと首をふって嫌がった。
「にゅ……。クロスさんやめてよ。くすぐったい」
「あ、ごめんごめん。でも泣いちゃった君が悪い」
「……うー、僕は悪くないもん」
俺の首に掛かったロザリオに指を絡ませながら彼は煮え切らないと苦情を漏らしていた。俺をクロスと呼ぶようになった理由であるその十字架は、勿論宗教的な意味合いは持ち合わせていないイミテーションの金属の塊である。その様子は別段神に祈るというより暇な手を誤魔化す為に弄んでいた。
「わかった、わかった。俺が悪かったって」
「ほんとに? 本当に自分が悪いだなんて思っている?」
むぅ、と頬を膨らませながらこちらを見るものだから、可愛いなぁとか思いながらも、顔に出さないように頷いてやれば不承不承ながらも許してくれたようだった。(無論、許してくれないなどというコマンドは存在しないのだけど)
「……しかたないなぁ…。ところでクロスさん、どうやってクスリを抜くの?」
「簡単だよ、ちょいと抜く治療があるんだ」
「それ大丈夫? また変なクスリにはまったりしない?」
「大丈夫だよ。……だって俺が治療するんだよ?」
これは本当の話である。俺の名前を出せば薬物中毒を抑える治療で有名だと、医師達は誉めちぎってくれる事だろう。その手の病院に就職しているし、この見窄らしい路地裏には中毒者の撲滅とあう曖昧な大義名分を抱えて来ているのだ。
裏で麻薬を売り払っていた経緯とか、今やここ一体の薬物を仕切るような管理職にいるだなんて誰も知らないのであろうから、中毒者に不必要に絡まれる事もなく、それでいてこの地区の崩壊具合を拝む事が出来る。
「クロスさんがやってくれるなら安心だね」
この青年を見つけたのも査察という名目で、衰退しきった愚図共を見に来た時であった。人という生物は自分より劣った人を見つけるのが好きだという、俺もその例外に加えられる事もなくて最初は嘲笑う相手なだけだった。
「ありがとう。……だいすき」
けれど彼は別であった。
可愛くて愛しくて、愛苦しすぎた。自分の素性がばれたら簡単に崩れてしまう均衡だけど、今はただ、壊れない事を願うしかなかった。