藍色の底
静かに声を上げながら泣く彼をこんなに美しいと思ったのは始めてだった。
大体人の泣いている姿、漏れる嗚咽を耳に入れて綺麗だとか思う奴は気が狂っている。俺は多分気が狂っている。少し。
「お前は自分で思ってるより啓に依存してるよ」
「うそだー」
「わかるわかる 今に自分で分かるから覚えとけよ」
数日前に友人に言われた言葉を思い出す。
今思えば全く見事なほどにぴったりで若干その友人の事を嫌いになりそうだった。
理不尽、と言われるときっと思う。
「けい」
鼻を震わせながら彼はこちらを見た。眼が真っ赤だった。
「俺、ほんとに啓の事好きだって自信ないんだ」
「・・・しってる」
その瞬間俺は底なしの闇に、闇の泥沼に突き落とされたように思えた。
(ばれていた)
ばれていた、ばれていたのだ。
自分で勝手に隠しきれていると錯覚して今まで彼を騙してきた。
しかし実際の所そんな事は無意味だったのだ。
始めからばれていた。
「知ってた。 出水がずっと、ずっと俺の事で迷っているのも、振り返っているのも、全部全部知ってた。 出水が俺を見るとき偶に目を細めるのは、躊躇しているからだろう?半ばばかりの罪悪感に押されているからだろう?最後にどうなるか、先が見えない不安だろう?」
流れるように言葉を紡ぐ啓はいつもの彼だった。
少し俺より深い黒髪はぐちゃぐちゃで、俺は、俺はここがどこかも、自分がどうしてここにいるのかも分からなくなっていた。頭の中は啓の事でいっぱいなようでそうじゃなかった。少しもどかしかった。
悔しい。
「 」
俺は、と彼が言葉を紡ぐ。
「そんな出水が嫌いじゃない」
それを聞いて、深い深いそこから半歩だけ上がった。
深い底は啓の髪の色だった。
「・・・・さんきゅ」
「どういたしまして」