じろえむさんの牛
庄屋さん、途方に暮れて歩いているうちに、じろえむさんの畑の近くまでやってきた。
草刈りに精を出すじろえむさんに、声をかけづらい。じっとようすをうかがっておったら、そばの木の陰から、はながぬうっと顔を出してきた。
庄屋さんはため息混じりに、ひとくさり、はなにことのてんまつを話して聞かせたと。
「いや、おまえにこんな話してもなぁ」
庄屋さんは苦笑いして、帰って行った。
「ごめんください。おきくさんはいますか」
突然、おきくの家に見知らぬ女の人がやってきた。体格ががっしりした大女で、おきくもふた親もびっくり仰天。
「今日から、わたしがおきくさんにいろいろ教えましょう」
この申し出に、ふた親はとびついた。
「針は先の方を持って」
「ほらほら、ご飯がこげますよ」
しごかれて、おきくはかんしゃくを起こして逃げ出すこともあったが、その女の力の強いことといったら。逃げるたんびに、おきくを軽々持ち上げて連れ帰る。
「そんなことでは、じろえむさんのお嫁さんにはなれませんよ」
こうしておきくは、泣き泣き、針の使い方を覚え、煮炊きを覚え、洗濯の仕方を覚えていってな。秋の取り入れがすむ頃には、なんとか人並みにできるようになったと。
ふた親は喜んで、庄屋さんを訪ね、じろえむさんとの縁談を進めてくれるよう頼んだ。
庄屋さんが、おきくをじろえむさんと引き合わせると、じろえむさんはほっぺたを真っ赤にして、二つ返事で承知した。
無事に夫婦になった二人は、よおく働いて、毎日しあわせに暮らしておった。
しばらくして、慣れない生活に疲れたおきくは、ちょっと一休みとばかり、土手に横になった。くうくうと眠ってしまったその時、
「なまけてはいけませんよ。おきくさん」
いつかの女の人の声がした。おきくはびっくりして、あわてて飛び起きたが、あたりを見回しても、おるのは牛のはなだけだで。
「まさか……?」
おきくははなをじいっと見つめちょったが、はなは知らん顔して、うまそうに草を食んでいたとさ。