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漆黒のヴァルキュリア

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第四章 女神達の黄昏 3



 そこは、広大な萱の原。
 駆け抜ける春風が、萱の原に幾つもの波を広げていく。
 その只中に、妙音天女の姿が在った。
 中空にて、足を組み、座するその姿。
 正に、紛う事なき神々しさ。
 眩いほどの輝きを放つ羽衣に身を包み、四臂――四本の腕に、琵琶と経典、そして、件の水晶玉を持っている。
 だが、ともすれば異形とも言えるその姿も、しかし天上界の美しさを体現しているかのようだった。
「……それが、お前の真の姿か……」
 萱の原に降り立ち、真正面から天女を見据えて、エナは言った。
「そうや。我が名はハラフワティー。ハラフワティー・アルドウィー・スーラー。元は異国の女神や」
 名乗った後で、天女は一つ溜め息をつく。そして、
「……なんで戻ってきたんや? アンタは……」
 その一言が、エナの心に波紋を作った。
 走馬灯の様に、脳裏に溢れ出す記憶がある。
 広大な萱の原の只中に、かつて住んでいた村。
 そこにあった神社の、神主の家系。
 村の子供達と遊んだ思い出。
「……まさか……この場所は……」
 宿敵を前にして、エナは思わず周囲を見渡した。
 よく見れば、朽ちた家屋が点在し、そして、色あせた鳥居がその中には在った。
「諸行無常やな……かつて、ここには村が在った。隠れ切支丹が集ぅてできた村やった。神社に見せかけた教会と、その神父の家系、春日家。恵那……アンタの家や」
 刹那、一際大きくエナの胸が高鳴った。
「オレ……オレは……ヴァルキュリア……漆黒のヴァルキュリア、エナだ! オレはこんなとこ来たこともないし! オレの仕事は! その勇者の魂を! ヴァルホルに誘うことだ!」
 惑いを断ち切るかのように、エナは刀を掲げた。
 一つ、
 二つ、
 三つ、
 次々と放たれる雷光。
 しかし――
 そのどれもが、天女の――いや、女神の身体を傷つけることはなかった。
 女神の周囲には、彼女を包むように、水幕が吹き上がっていたのだ。
「ウチは、元々は河川の女神や。故郷で信仰を失い、この国に来た。せやからな? ウチを受け入れてくれたこの国の神々には恩義があんねん……悪い事いわへん。今のウチには、アンタは勝てへん。大人しぅお帰り」
「うるせえええぇぇぇっ! オレはエナなんだ! ヴァルキュリアなんだ! 勇者を連れて帰るのが、オレの存在意義なんだ! ジャマすんなあああぁぁぁっ!」
 水幕に向け、エナは幾つもの雷光を放った。
 しかしやがて――
 それも尽きた。
 金色の髪が、益々黒く塗り変わっていく。
 いつしか、エナはその場にくず折れ、嗚咽を漏らしていた。
「……オレは……なんなんだよ……」
 エナの周囲に、水幕が網目のドーム状に覆っていく。まるで牢屋のように。
「……アンタを解放したるわ。アンタ監視されとるやろ? その監視してる者を呼びぃな。ウチが説教したるさかい」
 言って、女神はムニンを水幕で呪縛ると、そっとエナの頭上に置いた。