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漆黒のヴァルキュリア

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第四章 女神達の黄昏 1



 リングの周囲に張られたロープ。時折そこから火花が散る。
 歓声と怒号。
 悲鳴と賞賛。
 リングの上では、二人のプロレスラーが死闘を演じていた。観客の期待に沿うべく、自らの肉体を痛めつけて。
「おおっと! ヴォルケェノ斉藤! ここで必殺のおぉぉ! パイルドライバー決まったああぁぁぁぁ!」
 レフェリーが見覚えのある巨漢の腕を高く掲げる。
 刹那、観衆が沸いた。
 そんな会場の様子を、エナはリングの傍らで見守っていた。
「さぁて、また妙天に感づかれる前に、死んで頂きましょうかぁ?」
 言って、エナが刀を掲げると、リングの周囲に魔法陣が浮かび上がる。
 その直後――
 リングを降りるために、その『標的』――ヴォルケェノ斉藤がロープに手をかけた瞬間。電撃がロープを伝い、一瞬にして彼の命を刈り取った。
「ふっふっふ〜〜〜。勇者げ〜っと!」
「ワルい貌になってますわよ?」
 一瞬の出来事に静まり返る会場。観客には見えていないだろうが、ヴォルケェノの遺体から、魂が分離していく。
「……え〜……あ、あれ? ワシ? ……ん? ねーちゃんアンタ、どっかで見た気が……?」
 まるで寝起きのような呆けた貌で、ヴォルケェノはエナを見た。
「あー、憶えててくれた? オレ、エナって言うんだ。ヨロシク。……あ、あと、ゴメンなぁ? 悪いけど、アンタ勇者過ぎるから、死んでもらったし。で、これから一緒にヴァルホルまで来てもらうから。オーケー?」
 周囲を見回しながらエナが言うと、ヴォルケェノはしきりに後ろ頭を掻きながら、リングの中央に横たわるその人物を見た。
「お、ワシが死んどる……って! な、な、なんじゃこりゃあああっ? ワシが死んどるぅぅぅっ!?」
「いや、だからそう言ってるじゃん? どーすんだよ? オレと一緒に来るのか? 来ないのか?」
「って言われてもなぁ……けど確かに、ワシ死んどるのも事実みたいじゃけぇのぉ……」
 渋い貌をするヴォルケェノを見ながら、ムニンがエナにそっと耳打ちをする。
 ――憶えてないでしょうけど……こんな格好して……こう――
 ――え〜……こうか? ――
 訝りながら、ムニンの指示通りにエナが軍服に変身すると――
「ぬっがああああぁぁぁぁ〜〜〜〜っ! そ! それはもしかしてこの間の! 根尾那智香ちゃんじゃあああぁぁぁぁっ!?」
「お、おう、そうだ。……どうだ? ヴァルホルに行ってくれるか?」
 ヴォルケェノのリアクションに若干ヒキながら、エナが手を差し伸べる。
 と、その刹那――
「待たんかあああぁぁぁい!」
 おいしいタイミングで、聞き飽きた関西弁が響き渡った。
「まぁたオマエかよ、妙……て、ん……」
 コーナーポストに立つその姿を見たとき、エナは思わず筋目になって、開いた口が塞がらなくなった。
 目の前には、新たなプロレスラーがいた。
 しかもマスクマンである。
 そして、ワンピースの胸元には、大きく曼荼羅が描かれている。
「ふははははは! 愛と正義と慈悲の使者! 妙音レディ見っ参!」
 ――もう、春なのに――
 沈黙の中、寒い北風と共に、エナとムニンの胸中に、そんな想いが去来する。
 だが、それは一瞬の油断に他ならなかった。
 『妙音レディ』は身を翻すと、現出させた水晶玉にヴォルケェノの魂を封入し、そして――
「返して欲しくば、ここまで来るんやなぁ。え? 死神」
 一枚の紙片を残し、その場から消えた。
 唖然とするエナだったが、天女が残していった紙片を拾って目を通した刹那、
「……ま、待て……だれ、だ……? まさか……恵……那?」
 不意に、自らの内で騒ぎ始める者の存在を感じ、胸元を握り締めてその場にくず折れた。