漆黒のヴァルキュリア
第二章 恵那の面影 3
辺りが夕暮れのオレンジに染まる頃。
俺は――
「……参り……くっ……ました……」
――屈辱の涙を男泣きに流していた。
五戦全敗。三敗した時点で勝負は決まっていたのだが、一勝でもしなきゃ、俺の男が廃る――なんぞと色気を出したのがいけなかった。
どう考えても、目の前のガキはタダもんじゃない。囲碁にしろ将棋にしろ、異常ともいえる強さを見せた。しかも、先読みが半端じゃない。五手十手じゃ利かない。百手先だって読んでいるのかも知れない。
俺は頬を掻きながら、目の前のガキ――戸川紳太を見つめた。こいつのナリはこれから先、ずっと変わらない。ガキのまま経験だけを蓄積し、神々の黄昏を待つことになる。しかし、ガキの容姿ってだけで、それは相手を油断させる有用なファクターになりうる。それだけでもコイツは充分に使える。と、そう思った。
「分かった。認めよう、戸川紳太。俺が後見人になってやる。可能な限り、お前の味方をしてやるよ」
――それが、エインヘルヤルとしての、俺の最後の仕事になるだろうからな――
「その言葉にウソ……」
「を言っても、俺に益はないのさ。分からんお前でもないだろ?」
「……ですね」
紳太はそう言って、ニヤリと微笑った。
「だが、まぁもう少し待て。もう一人連れてかなきゃならんのでな。それまでは、俺の傍で参謀役でもしててくれ。仲良くやろうぜ?」
「じゃあ、まずは色々教えてください。エインヘルヤルとか、よく知らないんですよね」
俺の言葉に、紳太は指折り聞きたい事を数えている。
さすがは天才児の優等生。知識欲が半端じゃない。が、
「その前に、俺が聞きたい。お前が見た事だ。どんな状態で、エナが……まぁいい、見たままを聞かせてくれ」
金色から黒髪へ。
衣装までが、白と紅へ。
そして――
「……カスガ……エナ……」
俺は、もう一度その名を口にした。
刹那、
蘇る、
記憶の断片。
――コラ響七郎! みんなと仲良くしなくちゃダメでしょ! ――
――おれにも剣術教えてくれよ――
――ふ〜ん、響七郎は科学者になりたいんだ――
――おれ、恵那をお嫁さんにするんだ! ――
――ごめんね、って、恵那は謝ってたよ。響七郎――
――ウソだ! 恵那が死んだりするもんか! ――
――恵那、俺、工兵になったよ。科学者はムリだったけど、軍ならただで化学の勉強できるからさ――
そして、
鮮烈に脳裏を満たす、
最期の記憶。
作品名:漆黒のヴァルキュリア 作家名:山下しんか