白の婚礼、黒の葬列。
21,May,2010
喪服を買った、とアナタは自虐的に笑う。今回に限らず、いつも黒い服ばかりを着ている。「nobody、誰でもない色。鴉。これ以上を拒絶する色。白は眩しすぎて似合わない」アナタは無理した笑顔で前に立つ。白と黒は互いを引きたてる色。黒の女王の孤独を、私だけが知っている。
22,May,2010
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「私が、オマエを嫁に貰うんだ」
そう言っても、いつも笑われるばかり。
「何処の馬の骨とも知れない男に、オマエを嫁になんてやらない」
そう言うと、少しむっとする。
自分の選んだ男を、私はいつまで経っても許そうとしないから。私の知っている範囲の男じゃないから。知らない男なんかと一緒になったら、私が、オマエを把握出来なくなるから。
ああ、そうじゃない。そうじゃないんだ。
オマエが昔から「嫁に行って、あたたかい家庭を作りたい」と願っているのを私は誰よりも知っている。だから、私はにっこり笑って、オマエを手放しで祝う立場にいなければいけないんだ。
なのに、なんだ、このどす黒い感情は。
胸を押し潰されんばかりの苦しみは。
春先の挙式に向けて、オマエの部屋には結婚情報誌が山と積まれ、嬉しそうに「お色直しのドレスは何色がいい?」などと訊いてくる。
お前に似合うドレスなら、いくらでも選んでやる。オマエに似合うものなら、私が一番よく知っている。でも、そのドレスを着る日に、オマエは。
自分でもどうしようもない感情が暴走して、つい、口走ってしまったのだ。
「やっぱり式には出ない。お祝いのスピーチなんてしてやらない。勝手に嫁に行け」
「…………」
言ってしまってから、私は逃げるように出て行った。
暫くして、一通のメールが届く。送信者の名前を確認し、存分に迷ってから、その封を切った。
「結婚しても、友達やろう?」
そう。友達。オマエにはone of themだろうと、私にはたった一人の。
誰よりもオマエのシアワセを祈っているのに、私ではオマエをシアワセに出来ない。このままでは、私はオマエを悲しませるばかり。
ああ、そうじゃない。そうじゃないんだ。
私は、オマエがシアワセになってくれるなら、他がどうなったって構わないのに。
……そうか。
私が、どうなったって、構わないんだ。
オマエの為ならば。
私がこの心を殺してしまえばいい。
「オマエの結婚式に持ってく鞄を見るから付き合えよ」
買い物の途中、そう言ってアナタは踵を向けた。
「結婚式に出るのはオマエが始めてだ。オマエが選べ」
「選べって……服はどうしたん?」
もう、買った。背中越しに声が聞こえた。てっきりいつも通りスーツを着てくると思っていたけれど、手に取る鞄を見るに、もしかして。
アナタに「冠婚葬祭の常識やルール」は通用しない。冠婚葬祭どころか、一般常識すらも。傍で見ていてひやひやするくらいの崖っぷちを、たまにふざけてよろめきながら歩いている。
ずっと見張っていないと不安だけれど。
ずっと一緒にはいられない。
それを判っているアナタに、結婚すると言うのはなかなか苦労した。でも、一番に言うのはアナタだと決めていたから、どうしても言ってしまわないと。
色んな感情が去来して、全部足して全部差し引いて無表情になってしまってから、混乱した声で「おめでとう」と返された。でも、といつもの言葉が続く。
決して実現しない、アナタの決まり文句。
「なぁ、これどうよ?」
手にしているのは薔薇が型押しされた、銀色のバッグと、同じ型のローズレッド。
「オマエに合うのは、こっちやと思うんやけど」
そう言って、緋色のそれを掲げる。
「これから他の結婚式にも出るんやったら、銀色が無難じゃない?」
無難。これも、嫌いなアナタの言葉だ。
「……ん、んー。オマエの結婚式用に買って、他はどうでも」
「無駄遣いしな」
「……うん」
私の一言で、大人しくローズレッドを棚に戻した。
「黒には映えると思ったんやけどな」
「大丈夫、銀色も映えるから」
結婚式に黒いドレスを着て参列するのは、特段珍しいことでもないし、いつも好んで黒ばかり着ているから驚きはしない、けれど。
「nobody、誰でもない色。鴉。これ以上を拒絶する色。白は眩しすぎて似合わない」
歌舞伎の黒子は「誰でもない、つまりnobodyなんだ」と教えてくれた。だから私も「nobody」になりたい。そう続けて、アナタは笑う。
いつも厭世的な悲観主義で、愛情を求めているくせに人を嫌い、自分すらも徹底的に糾弾し、私だけに心を開く。こんな危なっかしい人を置いていくのはかなり、酷なことだけれど。
アナタにはアナタの、私には私の人生がある。
そう言うと、泣きそうな目で私を睨む。
そして、手帳に「X day」と書かれた日。
私が本当にオマエの晴れ舞台を逃げる訳もないのに、「行きたくねえ、オマエの花嫁姿なんか見たいけど見たくねえ!」と喚いていたのを「コイツならやりかねん」と思ったのか、好物のモロゾフのチーズケーキ片手に頼みに来られて、私はあっさりと陥落した。
いつものようにスーツを着ていないのは私の中のスイッチを強制的に叩き切る為。
ドレスを着て、化粧して、慣れないヒールを履いて、無理矢理女装してしまわないと、あふれ出る感情を制御出来ないと思ったから。
純白のウェディングドレスに身を包んだオマエの前に、黒いドレスの私が立つ。
「よく似合ってる。けど、化粧が濃すぎる」
「ここのメイクさんに文句言うて」
「オマエは、化粧なんかしなくても、別嬪さんやのに。別人みたいや」
「そういうアナタも、今日は別人みたい」
「別人になりきらな、やっとれんわ」
意地悪く言って、笑って見せる。オマエを不安にさせないように。
白と黒は、互いを引きたてる色。
正反対の性格で、考え方も水と油なのに、だからこそ引き寄せられる。
銀色の薔薇を、オマエに贈ろう。
ぎゅっと力を込めていばらを握り込む手は、オマエは見なくていい。
作品名:白の婚礼、黒の葬列。 作家名:紅染響