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遠く轟く雷鳴のように~この翼、もがれども~

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2.花葬


 人気のない教皇の間。
 冷ややかな空気で満たし、一帯を薄闇に染めていた。その中で華やかに色を添える人物の姿をサガは見咎めた。やりきれぬ怒りが腹の底から沸き上がろうとするのを宥めながら、サガは瞳を眇めた。
 揺れる花弁のようにふわりと振り返ったアフロディーテはサガの眼差しを受け止め、どこか苦しげにも見える薄い笑みを浮かべていた。

「あれは……一体どういうことなのか。説明を求める」

 極力感情を押さえ込みながら、サガはアフロディーテのそばを通り過ぎると、ひとつ高い位置にある玉座へと雪崩れ込むように腰を落とした。
 ひどく疲弊していることは誰にでも見て取れた。サガは憔悴しきっていたが、思わず駆け寄ろうとしたアフロディーテを右手で制した。アフロディーテは細波のように柔らかな髪を揺らし、その場で留まった。
 サガは瞳を閉じ、眉間に深い皺を刻むと重い頭痛に悩まされているかのようにもう片方の手で頭を抱えた。

「……ご覧になられましたか?あれが私のロサ・アルバ。尤も、いまだ蕾ではあるのでしょうけれども」

 ふっくらとした唇から何かを窺うようにして、そろりとアフロディーテは答えた。

「蕾、と?もう十分に咲き誇っているではないのか……?」

 話すのも億劫な様子で瞳を閉じたまま、嘆くようにサガは告げた。アフロディーテは極力気を遣いながらサガの名を呼んだが、サガからの返事はなかった。
 その代わりに少しずつ、サガの身に変化の兆しが現われ始めていた。正義の魂は疲弊し、暗黒の闇へと飲み込まれようとしているのだ。
 もう届かないのかもしれないと思いながらも、アフロディーテはサガに駆け寄り、縋るように耳元で囁いた。

「私は……あなたに少しでもわかって欲しかった。この苦しい胸の内を。置き去りにされた心の痛みを。あなたに穿たれた道標はただひとつの道しか記していないのだとしても。それでも、サガ。私は気づいて欲しかったのです。道はひとつだけじゃないということを」
 
アフロディーテは散り逝く最後の花弁のように哀しく哂い、そして一歩身体を引こうとした。

「――ヤツへの甘ったるい告白はもう少し、早く行なうべきであったな?アフロディーテ?」
 
ゆっくりと開かれた赤い双眸に気圧されながら、強く腕を掴まれたアフロディーテは小さく顔を歪めた。ぐらりと体勢を崩し、サガの――いや『教皇』の膝上に無理矢理乗せられたのだった。アフロディーテは抵抗するように秀麗な貌をそむけるが、それを許すまいと細い顎を赤い双眸を宿した『教皇』に鷲掴みにされた。

「……教皇におかれましてはさぞかし下らぬ戯言でしょう?」

 歯噛みしながら呟くアフロディーテを『教皇』はクックッと低く嘲笑するばかりであった。

「早く諦めて俺のものになれ。優しくしてやるぞ?」

 悪魔の誘惑のようにひどく甘く、アフロディーテに囁いた。アフロディーテはそむけていた顔をまっすぐに向き直し、今まさに蕾を開いた可憐な花のように『教皇』を無防備に見つめた。
 長い沈黙だけが過ぎ、ようやく静寂を破って何かを告げようとしたアフロディーテの口唇はただ小さく震え、瞠った瞳から零れ落ちた滴を受け止めていた。

「――愚かな男だ、おまえは」

 哀れむように赤い双眸がほんの少し、柔らかな炎のように揺らめき、アフロディーテを包みこんでいった。