夢少女
ゆっくりと、静に時間が流れていく。
真っ白の部屋に、真っ白のベッド。
そして、真っ白な、少女。
開いた窓から、風が吹いてくる。
カーテンと、彼女のきれいな黒い髪がなびく。
入り口に立つ僕を背に、彼女は窓から空を見ている。
僕は声が出せない。動くこともできない。
彼女は、ゆっくりと僕のほうへ振り返る。
彼女の口が動く。声は聞こえない。
風に乗ったたくさんの白い羽が、僕の視界を奪う。
「っ!」
そこでいつも、僕の夢は途切れてしまう。
「またか……」
僕こと、柚木良太は呟いた。
最近、いつもこの夢を見る。
同じところから始まり、いつも彼女が何かを言ったところで羽に視界を奪われ、夢が覚める。
「はぁ、疲れるな……」
起きるたび、必ず少しの間脱力感を感じる。
ベッドの上で、寝返りを打って天井とにらめっこをする。
彼女に覚えはない。
というより、毎回毎回彼女の顔が見えず、口が動くのだけが目に映る。
時計を見て、ふうとため息をつく。
「学校へ行くか……」
僕は制服を取り出し着替える。
両親を失ってから、1年以上たつ。
僕はもうこの暮らしには慣れた。
腕時計を見て、時間を確認する。
「まだ少し余裕があるな、寄り道していくか……」
そう思い、昨日買っておいたパンを食べ、家を出た。
2話<入院>
学校と正反対の駅へ―行くのは駅前の本屋だが―向かう。
家と学校が近いから、僕は徒歩通学だ。
「今日は暑いな……」
僕は、持っていたハンカチで顔の汗を拭いた。
天気予報では、ここまで暑くはならないはずだったのに……。
それから、さっきからめまいがする。
「あー、ふらふらする」
千鳥足で目的地へ向かう。
やっと本屋が見えてきたその時。
足からすっと力が抜けた。
―僕はその場で倒れた―
目を覚ますと、僕は病院にいた。
ベッドの上で寝ていたようだ。
「あれ、僕は駅前にいたんじゃ……?」
病室のドアが開いた。
「お、目が覚めたかい」
若い医者が、僕に話しかけてきた。
「僕は、なぜここにいるんですか?」
「おいおい、俺の質問回答もなしにかい?」
その医者は、ニヤリと不敵に笑った。
「あ、すいません……」
「いや、かまわないよ。そうそう、君はさっき救急車で運ばれてきたんだ」
はいっ?
思わず僕は瞬間的に腑抜けた返事をしてしまった。
「俺の名前は二ノ宮庄治。医者だ」
「見れば分かります」
「そうかい。君の病気は急性肝炎だ」
二ノ宮という医者から言われたのは、思わぬ言葉だった。
「肝炎、ですか?」
「そうだ。君の場合は入院が必須、かつ2ヶ月は最低でもかかる急性の方だがな」
へ? 2、2ヶ月!?
3話<条件>
僕の入院宣告の日の夜、僕は暗くなり、月光が照らしてくる窓から外を見た。
「入院なんて、初めてだな……」
今日、あの医者から言われたことを思い出していた……。
「僕の家庭状況を知ったんなら、なおさら入院なんてムリです!」
「お金のことだろう?」
うっ、さっそく痛いところを突かれた。
「は、はい……」
「てことで、君にここにいる条件をつけたいんだ」
「条件、ですか?」
条件。なんかイヤな気がする……。
「この病院には、『白い少女』という子がいる」
「『白い少女』?」
白。この単語を聞くと、例の夢を思い出す。
少女……。まさかな。
「その子には、なにやら不思議な力があるそうなんだ」
「はい……?」
言っている意味が分からない。
力?
「よく分からないだろう。ま、会ってみるのが一番早い」
てことは……。まさか……。
「会え、と?」
「その通りだ」
やっぱりかぁ……。って!
「いや僕病人なんですよね!?」
「大丈夫。肝炎なんて寝てたら治る。体調がやばかったら言ってくれ。そん時だけ免除だ」
なんでこんなことになってるんだ……。
「て、ことで明日から始動な。じゃ、そゆこと」
「あ、はい……。うえっ、明日からぁ!?」
「病室は1340だからなー」
二ノ宮は手をひらひらさせ、ドアから姿を消した。
「ちょっ! マジかよ……」
ということを押し付けられた。
一体、僕はどうなんの……?
4話<少女>
そして訪れた次の日の朝。
僕の気も知らないで、太陽はもう高いところまでのぼりかけていた。
「はぁ、行くしかないか……」
僕はため息をつき、腹をくくることにした。
「えっと、たしか病室は……」
メモした紙を片手に、僕は言われた病室を探した。
「あ、あった」
例の、『白い少女』のいる病室の前に着いた。
僕はまだ、ここまで来たのに戸惑っていた。
「どうしようかな……」
僕は、今日何度目か分からないため息をこぼした。
しばしの沈黙。
ドアの前で立ちぼうけていると、ドアが急に開いた。
「来ると思ったわ。入って」
僕は彼女の姿を見て、思わず息を呑んだ。
そう、彼女の見た目がまさに『白い少女』だった。
服が白いワンピース、というのもそうなんだが、肌が病的に白い。
「き、君が『白い少女』……?」
「ま、そんな名で呼ばれていたかしら」
彼女はくるりと方向転換し、自室へとひっ込む。黒く長い髪がなびく。
あれ、確かこれって……。
「どうしたの? はやくいらっしゃい」
彼女はベッドに腰かけ手招きする。
「お、おじゃまします……」
殺風景だった。何もない。
白いベッド、白い棚、白いカーテン、そして『白い少女』。
間違いない、夢で見たあの部屋だ。
すると彼女は……。
「そうよ。あなたの夢に出させてもらった者よ」
「やっぱり、君が……」
まて、今何かおかしな表現がなかったか……?
「出させて、もらった?」
「そうよ。あなた、私が力を持っていると聞かなかったかしら?」
そうだ。確か二ノ宮はそんなことを言っていた。
「まさか、その力って……」
僕の考えよんだように、彼女はふっと笑った。
「わたしは、夢を操ることができるのよ」
彼女が僕と出会った、初めての日の出来事だった。
そして、彼女との出会いが、僕の運命を変えることとなった―――。