始まりのアポカリプス
第0章 始まりを知ることは幸いだろうか
人が消えた。
目の前にいた人間が、突如として僕の視界から消失した。
マジシャンの人体消滅ショーではないし、液化爆薬を頭からかぶって蒸発したわけでもない。ましてや一瞬で何処かに隠れたということも、また有り得ない。
何故だか僕は確信することが出来た。彼ら――僕の目の前にいたはずの二人の男たち――はもうこの世界の何処にも存在しない、ということを。
彼らはただ、この寂れた路地裏から、世界から、跡形もなく消滅していったのだ。まるで映画のフィルムの一コマが滑り落ちるように、ごく僅かな違和感を遺して。
彼らに特別な動きはなかった。
異質なのはこの路地裏を冷たく包み込む空気。
ただ僕の眼前に、数瞬前と変わらずそこに在る少女。彼女の、
「――――――――――ッ!」
それは叫びだった。
日本語で形容することは出来ない。もしかしたら意味もないのかもしれない。
しかしそれは、ただひたすらに、純粋に、世界に訴えかけるような、そんな叫びだった。
そして僕は思う、すぐさま確信に至る。
彼女の叫びは僕を貫いた、と。
僕の立つ地面が横から無理やり力任せに揺さぶられる響きを感じる。
スクラップを積み上げたゴミ山のような僕の城が、堪えきれずその螺子や歯車を撒き散らしながら瓦解する様を幻視する。
同時に僕は、零れた歯車がひとりでに組み上がり、新たな回転を生み出していくのを知覚していた。
停まっていた、いや、自ら停滞を強いていた時計の針が再び動き出そうとするのを必死に堪える。動いてはいけない、動かしてはいけない。そういう風に自らを縛っていたはずなのに。
否応なく、他人の道を狂わせる自分を。
ふと、目の前の彼女がこちらを見た。その瞳は酷く虚ろで、光も何も反射していないようにも思える。
それでもその視線は、あるはずもない視線は、確かに僕を射貫いていた。
『指向性(ライン)確認――接続完了。個体名、櫻沢森瑚を鍵を握るモノ(マスターキー)として登録』
何処からか、そんな女の声が響いた。直接、僕の耳に染み込んでいくように。
――――そうか、これは始まりだ。
ふいに悟った。何の根拠もありはしないのに、僕の中でそれは確たる重みで存在していた。
世界は停まってなどいなかった。僕が認めなかっただけで。
だからこそ、これは黙示録だ。始まりのアポカリプス。
作品名:始まりのアポカリプス 作家名:マルタ=オダ