狂い咲き乙女ロード
「本山田がお前に興味あるってさー」
「本山田がお前のこと好きだってさー」
誰が何時何分何秒地球(テラ)が何回回った時にそんなことを言ったって言うんだ。捏造にも程があるぞ!
あ、でも確かにかわいいとは言ったか。くぬぅ、一生の不覚だ。周囲の弛緩した雰囲気に流されて余計な事を言ってしまった。
しかしそこで千秋の反応がまた僕の精神を追い詰める。顔を赤らめながら、
「え、本山田君が…まさか…ホントに?」
などと言いやがるのだ。これで心揺さぶられないヤツは男じゃねぇ。
ああもうかわいいな!
いいじゃん、かわいいじゃん。千秋かわいいよ千秋。お前らひょっとしてわからないのか? このかわいさを理解出来ないと申すか。は、それなら言ってやる。貴様らにもわかるように言ってやろう。
『千秋はかわいい』
これは人類にとって根本的な普遍の原理なんだ。これだけは例え世界が終わりを迎えようと何しようと覆ることはない。そういうものなのだ。
それなのに!わかりきったことなんだ。もはや自明の理なんだ。それでも僕は素直になれなかった。自分の気持ちに、溢れ出るパッションに、魂の雄叫びに、応えてやることが出来なかった。
「僕はホモなんかじゃない!」
そう叫んだ後の記憶ははっきりしていない。僕はただ死にたいと思った。いや、本山田武という人間はこの時をもって死んだ。
生きてきてすいません。
恥ずかしい人生でした。
惨めったらしい人生でした。
だからさようなら。
僕は、僕は、僕は…もう生きていてはいけない。
気が付くと帰りのホームルームも終わっていて僕は一人教室に取り残されていた。校庭には日が傾き世間は全面的に夕焼け。ここ数時間の記憶というものがほとんど無かった。ショックがあまりにも大きすぎた。僕はもう魂の抜け殻のようになって虚脱していた。
嫌われた。絶対に嫌われた。
それだけが事実だ。どうしようもない現実だ。非常に残酷極まりないが、自業自得であるところがほぼ百パーセントなわけで、なおのことやりきれなかった。
さて、死のうか。
いっそ学校の屋上から飛び降りてやろうか。でもグチャグチャに潰れて死ぬのはなんか嫌だなぁ。処理費用とかもかかりそうだしこれは駄目だ。死んでまで人様に迷惑はかけたくないし。同じ理由で鉄道自殺もバツ。他になんかあったかな。首吊りも嫌。いろんな汚物がドッパーってなるから。後は睡眠薬とかリスカとか練炭とかかな。ここは一つ練炭でいってみるか。実際のところは楽に逝けるらしいしな。よし、決めた。
こんな風に自殺の段取りを具体的に考えていると、突如教室のドアが勢いよく開け放たれ、一人の女子生徒が入ってきた。彼女は窓際の僕の席までやって来ると、夕日をバックに満面の笑みを浮かべて言った。
「一人じゃないよっ!」
そう言って親指をグッと立てて見せた。
こうして僕らは出会ってしまった。
その彼女の名は森裕子。僕のクラスメイトであり、我が校最凶の腐女子にしてミニコミ部(うちの高校は文芸部と漫研が無い代わりにこんな部があった。非常に個性的な女性たちが集う魔窟)の副部長。
賽は投げられた。
一人の女っぽい男。
一人の男っぽい(?)男。
そして一人の腐女子。
僕らが紡ぐ物語はここから幕を開ける。