ついのべ比較「腕の中」
もっと強く抱きしめてくれたらいいのに。
浮かんだ思いをあわてて打ち消した。
だっていま私を抱きしめているのは恋人の親友。許されるわけもない、これ
はまぎれもない裏切りだというのに。
魔がさしたわけじゃない。好奇心というわけでもない。ならば前から好きだ
ったのかと聞かれても、きっと、それも違う。今だって混乱している。どうし
て私はこの腕を振り払えないの?
のろけるわけじゃないけれど、私の恋人は、まるで太陽のような人。誰から
も好かれ、信頼もされ、いつもみんなの中心にいる。どうしてそんな人が私を
選んでくれたのか、いまだにわからないくらいだ。
太陽のような恋人。その親友は、まるで月のような人。大人びていて物静か
で、熱くなる彼を諌めてくれるような人。
だと思っていた。
私を抱きしめる腕の力は強くない。振り払えば、ほどける程度でしかない。
それなのに、ふりほどけない。選択権は私にあるということなのだろうか。私
は試されているのだろうか。混乱しながらそんなことを考える。
どう、するの?
かろうじて出た声はかすれていた。まるで睦言のささやきのようで、私はま
すます混乱する。
どうしてくれようか。
冗談めかして答える声も、同じようにかすれている。
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魔がさしたわけじゃない。好奇心ってわけでもない。今だって混乱してる。彼の
親友の腕の中で。腕のチカラは強くない。私が振り払えば、ほどける程度。だか
らこそ私は動けない。どうするの? 尋ねた声はかすれ、まるで睦言のよう。ど
うしてくれようか。応えるあなたの声も同じ。
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作品名:ついのべ比較「腕の中」 作家名:よしのちほ