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【リリなの】Nameless Ghost

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序章 第一話 スクライアの少年



 奥深い森の中、獣除けの苦々しい薬草が燻る香りが一面に広がり、目を覚ました彼は一瞬眉をひそめた。
 夜明けはまだ遠い。切り分けられた深緑の壁面の中央には既に消えそうになっていた焚き火の跡が、最後の縢りを懸命に奮い立たせている。

「気を緩めすぎかな、こりゃ」

 そういって男は側の細い枝を何本か取り上げ、そっとその上に備えた。小さな赤光がようやく与えられた餌に嬉々としてまとわりつき、やがてオレンジの身体を盛大に吹き上げさせる。
 これで良しと彼、ベルディナ・アーク・ブルーネスは肩からずれ落ちた毛布を身体に巻き付け、懐から水筒を取り出し少量口に含んだ。
 暖を取るために入れてある濃い味の<ruby><rb>蒸留酒<rt>スピリッツ</ruby>のきつい苦みが口に広がり、ベルディナは一つ溜息をついた。

「んん……」

 夜の静けさの中、先程通り抜けていった風に頬を撫でられたのか、火の側で毛布にくるまる少年が少し身体をもぞつかせる。

「まだ夜だ、寝てな」

 おそらく届いていないだろう声を、ベルディナはその少年に向けた。
 少年、ユーノ・スクライアはそれに答えるようにもう一度口を振るわせ、穏やかな寝息を立て始めた。
 ベルディナは、少し肩を落とし一息ついた。

「それにしても、遺跡の発掘を九歳の子供に任せるってのは、スクライアの族長も容赦がないな」

 ベルディナはまだ遠い朝日を思いながら、自分と彼がここにいる発端を思い返していた。



 スクライア族は遺跡発掘を生業とする種族だ。この世界、ミッドチルダを初めとする時空世界において、彼らの行う仕事は多くの恵みを与えている事は間違いない。
 古代遺跡より発掘される古代遺物、アーティファクト、ロストロギアと称されるそれらは、多くの魔法技術と歴史の証拠を残し、社会をより快適に便利にするための足がかりとして利用されてきた。
 スクライア族は、少数民族であるが故にそのフットワークの軽さを利用し、様々な世界を流浪する放浪民である。少数民族であるが故に、その民草は生まれた時から何らかの役割が与えられ、部族のため家族のために働くことを強要される。
 いや、それは強要ではなく当然あるべき義務と言うべきか。
 故に、例え幼子であっても何か出来る事があればそれを積極的に行う事が求められ、それを負担と感じる者は種族を見渡してもごく少数であることが伺える。
 しかし、とベルディナは考える。幾ら才能があり本人の意思があり周りもその二つを認めているにしても、年齢が二桁に至らない子供にこのような仕事を、ともすれば命の危険さえもある遺跡の調査を行わせる事は明らかに行き過ぎではないか。
 ベルディナはスクライア族の一員ではない。
 外部の流入者でもなく、あくまで客人として立場であるためスクライアの事情に意見を言うことは出来ず、族長が認めた決定を覆す権限も無い。
 ならば、せめて側で見守ることだけは許して欲しい。ベルディナは、族長にそう進言しそれは認められた。保護者を気取るわけではないが、少なくともベルディナはユーノの親代わりとして今まで彼を見守ってきた経緯がある。

「何も起こらんといいんだが」

 過保護すぎる嫌いがあるとは重々承知しているが、少なくともユーノにはまだまだ保護者が必要だとベルディナは考えていた。

「というよりは、この世界の人間は早熟すぎるってことか。所詮ガキの考えることに任せるってのは、放任主義もきつすぎだ」

 そう言ってベルディナは眠りに落ちるユーノを見つめた。

(しかも、こいつは危うい。全部自分の責任にして、要らん重責を勝手に背負いやがる。誰かが側にいてやらんとな)

 ならば、その者が現れるまで自分はその背を見守っていればいいと思い立ち、ベルディナは薄く笑った。それは嘲笑にも似た冷たさの笑みだった。

(今更、全てを捨て去って戦場を巡る俺が、こうして一人の子供に腐心するってのは笑えるもんだな。年を取はとりたくないもんだね)

 時折吹き付ける緩やかな冷風に混じり、野を這う獣たちの気配が漂ってくるが満月もまだ遠く、ベルディナは警戒も浅くしてそれらを見守っていた。

 ベルディナ・アーク・ブルーネスは三百年の時を生きる魔術士である。
 それを聞いた者の大抵は、センスのない冗談だと一笑するだろう。彼の容貌は、見る者によってはまだ十代後半か、二十代前半と言えるほど若々しい。
 コンパクトにまとめられた細い身体に、肩を軽く撫でる程度に切りそろえられた深海色の髪。身の丈も成人男性より若干低く、整えられた容貌もまるで女性のようにも感じらさせる程だった。
 しかし、彼の深い知識や経験によって裏付けされた行動理念はとても人の一生に集約される粋を超えており、十年も共にした人間なら、自らの成長や老いに比べ、彼がまったく変化しないことに驚き、そしてようやく理解するだろう、彼は、三百年の時を生きる魔術士であると。
 ベルディナがスクライアの客人として部族に身を寄せて、既に十五年。その当時赤子だった者達も、今では立派に成人して部族のために働いている。そして、彼はその間、世界の変化に取り残されたかのような停滞を続けている。

(そろそろ、潮時か)

 とベルディナが感じるのは、その停滞を不審に思い部族の者達と自身の間に垣根が生じ始めていることにも起因する。

(この発掘任務が成功すれば、ユーノは正式に成人として認められる。俺の思惑がどうであれ、成人した男をいつまでも保護しているわけにもいかないか)

 次第に足音が聞こえるほどに近づいてくる別れの気配にベルディナは少し感傷を感じながらもその決意を変えることはなかった。

「まったく、何度繰り返しゃ気が済むのかね、俺は」

 ベルディナの言葉は、白く煙る吐息となり静寂の森の中へと消えていった。