永遠(とわ)のほとり
第4章 面影
* * * * *
薄暗い妓楼の中庭で、ジムサは群れ咲くカラージャの花を見つめた。
ひんやりとした夜気に、室内で焚かれる香料とは別の、甘い芳香が漂っていた。風がなく、その香りはむせるように濃密だ。
それはジムサの記憶にあるものよりも、ずっと秘密めいて感じられた。別れ際メイシャに差し出したときにはひたすらせつなかっただけなのに、いつのまにか別の花にすりかわってしまったみたいだ。自分だけが、気付かないまま……。
コトリ、と小さな物音がして顔を上げると、回廊の端に立つディアネイラの姿が見えた。朱塗りの欄干に軽く手を置き、凄艶な美貌を無表情にこちらへ向けている。
メイシャの顔。あどけない少女から大人の女に変わった、彼女の顔だ――――。
だが、メイシャはこんな表情をするだろうか。まるで精緻な彫像のようにかけらも感情を浮かべず、無感動に自分を眺めたりするのだろうか。
あり得ない。そんな馬鹿なこと……。
きっと彼女はメイシャではないのだ。どれほど似通っていても、どれほど美しくても、あの優しく含羞んだようなやわらかな笑顔を、ディアネイラの冷たい表情に重ねることなど出来ない。
それに、彼女の指にはいくら探してもラピス・ラズリの指輪が見当たらなかった。肌身離さず身に着けていると約束した指輪が……。
やはり別人なのだ。そうに決まっている。世間には、似かよった容貌の人間などいくらでもいるじゃないか。それなのに、どうしてこうも心が疼くのだろう――――。
葛藤するジムサの内心など知らず、ディアネイラは冷やかな表情のまま優美に片足を下ろした。冷艶な声が涼しい夜気をぬって響く。
「ご主人様がお呼びですわ」
ジムサは答えず、ふたたびカラージャの花を見た。
「……俺の故郷にも、この花がたくさん咲いていた」
ディアネイラは相槌も打たず、退屈そうな顔で手すりを指でたどっている。ジムサはほんの少し語調を強めた。
「元々は、サイラムの湖畔に咲いていた花なんだ。それを取ってきて王城や神殿の周りに植えて生け垣にした。神殿にはいつもこの花が飾られていた。花にまつわる古い伝説もあるんだ……」
相変わらずディアネイラは答えない。聞いていないかのように、横を向いて黙っている。
作品名:永遠(とわ)のほとり 作家名:彩里美月



